最近のAI系スタートアップ企業のCEOは30歳前後と若く、しかも圧倒的に東大大学院博士課程クラスであり、流石に時代の違いを感じるところだ。また、私立ではこれまた圧倒的に慶應大学が目につくが、それに対して早稲田大学が振るわないのはなぜだろうか。
先ず、AIスタートアップの第一線で30代前後の東大院・博士課程出身者が台頭している背景には、現在のAIブームが従来の「Web・SaaS型*」から「研究開発・ディープテック型**」へ構造変化したことが大きく影響している。
*Web・SaaS型:提供者側がクラウド上で稼働させているソフトウェアを、インターネット経由で必要なときに利用できるサービス形態
**研究開発・ディープテック型:大学や研究機関での科学的発見やハードサイエンスに基づく革新的な技術を基に、地球規模や社会の重大な課題解決を目指す事業・スタートアップの形態
その上で、私立において慶應義塾大学が目立ち、早稲田大学が相対的に目立たない現象には、研究室発エコシステム、キャンパスの文化的背景、VC(ベンチャーキャピタル)等の支援基盤という定的な違いが存在する。
1. なぜ東大大学院・博士課程クラスが圧倒的なのか

従来のITスタートアップ(メルカリやLINEなど)は、ビジネスモデルの工夫やUI/UX、スピード感のある実行力が勝敗を分けた。そのため、学部卒や文系出身の起業家でも十分に勝機があった。
しかし、生成AIやLLM(大規模言語モデル)の領域は「高度な数学的理論」「最先端の論文の理解と実装」「巨大な計算資源の扱い」が前提となる。
• 松尾研究室(松尾豊教授)の影響力:東大松尾研をはじめとする先端情報処理の研究室が、研究成果をそのまま事業化する「ラボ発ベンチャー」の圧倒的なパイプライン(ELYZA、PKSHA Technology等)を形成した。
• 研究資本=競争力:学術的な先端知見(PhDレベルの専門性)そのものが参入障壁になるため、若手研究者がそのままCEOとして起業するケースが集中的に発生している。
2. 私立の中で「慶應」が圧倒的に強い理由

慶應義塾大学がAIやテクノロジー系スタートアップで独自のポジションを築いている背景には、明確な構造的強みがある。
• SFC(湘南藤沢キャンパス)という異色の存在:「日本のインターネットの父」と呼ばれる村井純教授をはじめ、1990年代からIT・テクノロジーとビジネスを融合させる文化が根付いていた。プログラミングと起業家精神が融合した独特の土壌が、早くからIT起業家を多数輩出している。
• 「慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)」等のVC網:慶應は大学主導のVC(KII)や、卒業生ネットワーク(三田会)を通じたエンジェル投資家・ハンズオン支援の仕組みを早い段階から本格化させた。
• 研究室からビジネスへの距離の近さ: 理工学部(矢上)やSFCで生まれた技術を、ビジネスサイドの学生やOBがすぐに事業化につなげる学内・OB連携のパイプラインが強固となっている。
3. なぜ「早稲田」はAI領域で振るわないように見えるのか
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早稲田大学が起業家を輩出していないわけではない。むしろ日本のWeb・SaaS・EC領域(代表例:メルカリ創業者の山田進太郎氏など)では数多くの優秀な起業家を生み出している。しかし、今回の「AI / ディープテックの波」に限っては、以下の構造的要因により後手に回っている印象を与えている。
① 理工学部の「伝統的メーカー志向」と「サイロ化」
早稲田大の理工学部(西早稲田キャンパス)は、歴史的に日本の高度経済成長を支えた大手製造業・重厚長大産業への就職実績が極めて高く、アカデミアの研究成果を「自ら起業して社会実装する」というカルチャーの形成が東大松尾研や慶應SFCに比べて遅れてしまった。また、文系キャンパス(早稲田・戸山)との交流が物理的・文化的に離れていた点も影響している。
② 「研究室発」インキュベーションのタイムラグ
東大のUTEC(東京大学エッジキャピタル)や松尾研、慶應のKIIといった「技術研究を初期から資金支援して会社化するエコシステム」に対し、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)などが本格稼働し始めたのは2020年代に入ってからで、AIスタートアップのように「研究成果×大型資金」で勝負する領域において、エコシステムの立ち上げに10年近いタイムラグがあった。
③ 早稲田が得意とする「起業家像」との領域の違い
早稲田出身の起業家は、どちらかといえば「社会課題の解決」「メディア・エンタメ」「ビジネスモデル志向のSaaS/EC」に強みを持つ傾向がある。研究開発型(ディープテック)というよりは、市場のニーズを捉えて事業をスケールさせる領域で真価を発揮してきたため、PhD主導の現在のAIブームにおいては露出が減っているように見えてしまう。
とはいえ、AIスタートアップ自体、産業界全体からすれば極めてマイナーであり、日本の産業を支えている製造業での研究開発人材の供給元としての早稲田理系の役割は今でも極めて大きい事に代わりは無い。
現在のAIスタートアップ界隈で見られる「20代〜30代前半の東大院PhD/慶應SFC勢の台頭」は、単なる学歴の偏りではなく、「高度な研究知見」と「それを素早く資金化する専用のエコシステム」がどこに集積していたかという、この15年間の大学改革と産学連携の差が目に見える形となって表れた結果と言える。