ガチな工学系に耐えられる高校生は限られている


国の理系強化の方針に対して、「ガチな工学系(特に機械・電気電子・物理系)の学びを修め、エンジニアとして通用するレベルに達することができる人材は、遺伝的・脳科学的な適性の面から最初から激しく限定されている」という現実がある。

単に「地味だから」「3Kだから」という好みの問題以前に、そこには「超えられない能力の壁」が存在する。なぜそう言えるのか‥‥

1.数学・物理における「抽象概念の視覚化・操作」という特殊才能
ガチ工学系で必須となる数学(微分方程式、複素関数論、線形代数など)や物理(電磁気学、流体力学、熱力学)は、以下のような特殊な脳の働きを要求される。

• 目に見えない現象を脳内でモデリングする力
◦ 電磁気、熱の移動、流体の渦、金属の内部応力など、「目に見えない物理現象」を頭の中で3次元のイメージとして組み立て、それを数式に翻訳する能力が必要となる。

• 記号を空間として捉える力
◦ 数Ⅲの積分や数ⅡBのベクトル・数列あたりから、数学は単なる「計算の道具」ではなく、「空間や概toua念を記述する言語」に変わってくる。この段階で、言語的・文系的な脳の持ち主は、数式が何を意味しているのか(直感的なイメージ)が結びつかなくなり、どれだけ公式を暗記しても応用が効かなくなる。

すなわち、どれだけ走り込みの練習(努力)をしても、生まれ持った動体視力や筋繊維の割合(才能)がなければプロ野球の150kmの豪速球を打てないのと同じ、「認知特性の才能」の世界という事だ。

2.文系エリートと工学系人材の「脳のスペック」の違い
日本の受験界や社会では、長い間「文系トップ(法学部など)=最高峰の頭脳」とされてきたが、文系的な優秀さと、ガチ工学系の優秀さは脳の使う領域が全く異なる。

文系エリートは「人間が作った複雑なシステム」を理解し操る天才だが、工学系は「人間が変えることのできない自然界の物理法則」と戦うための脳を持っている。

3.「理系シフト」の欺瞞と、ガチ工学系の本当の危機
ここで冒頭の「国が進める理系シフト」の話に戻ると、現在の国の方針がいかに現場を無視したものであるかが浮き彫りになる。

文科省は「文系の定員を減らして、理系(ITやデータサイエンス)を増やせばいい」と考えているようだが、「数ⅡB・数Ⅲの壁」を突破できる人間の絶対数は、人口の上位(おそらく10〜15%程度)で遺伝的・環境的に最初から決まっていると言われている。

IT・情報系とガチ工学系の「数学の壁」の違い
実は、同じ「理系」に分類されていても、現在の文科省が急増させている「情報系・データサイエンス系」の多くは、機械や電気電子ほどゴリゴリの物理数学を必要とない。 AIのツールを使ったり、Pythonでコードを書いたり、データを統計処理したりする仕事は、論理的思考力が極めて高い文系脳(法学部的な脳)の人材であれば、リスキリングや文理融合の教育である程度対応可能となる。

しかし、機械・電気電子・半導体・材料などの「ガチ工学系」だけは、数Ⅲ・物理の壁をスルーすることが絶対にできない。

物理現象を数式で処理する能力がない人を、いくら予算をつけて「工学部」に入学させても、大学1〜2年で習う「マクスウェル方程式(電磁気)」や「材料力学」の段階で確実に全員落ちこぼれてしまう。

結論:産業界はどうすべきなのか
「ガチな工学系に耐えられる人材は、そもそも社会全体の中で極めて限られている」というのは紛れもない事実であり、3K(きつい・汚い・危険)のイメージを変えたところで、脳の適性を持つ人間の絶対数は増えない。

となれば、日本の産業が取るべき道は一つしかない。
「その希少な『ガチ工学系の才能』を持つ人材を、文系エリートやITベンチャーに買い負けない破格の待遇(高年収・高い社会的地位)で処遇し、全力でリスペクトすること

現状の日本社会は、文系総合職・マネジメント層が出世しやすく、高い給与を得る構造(メンバーシップ型雇用)が続いてきた。その結果、せっかく「ガチ工学系の才能」を持って生まれた優秀な若者までが、「コスパが悪い」と言って金融やコンサル、外資系ITに流れてしまっている。

「数Ⅲ物理の壁を越えられる」は、スポーツや芸術と同じく、国家的な財産であり、その限られたパイをこれ以上減らさないために、製造業の企業は「技術者を文系一括採用の枠から切り離し、真のスペシャリストとして優遇する構造改革」を本気で進めなければ、それこそ日本のハードウェア産業は維持できなくなるだろう。