約20年程前に突然林道を封鎖した白装束の集団は今どうなっているのか
2003年(平成15年)の春から夏にかけて、白い服を身にまとい、車やガードレールまで白い布で覆い尽くして移動する姿が連日ワイドショーを賑わせたのを思えているだろうか。

結論から言うと、あの集団(正式名称:千乃正法会(ちのしょうほうかい)/パナウェーブ研究所はその科学部門)は、事実上の活動停止・崩壊状態にある。
騒動の後、彼らがどうなったのかを時系列でまとめる。
1.騒動の収束(2003年後半)
彼らが大移動を行っていたのは、「2003年5月に第10惑星が地球に接近し、天変地異が起こる」「電磁波攻撃から身を守るために白装束が必要」という独自の終末思想が理由だった。 しかし、予言の時期を過ぎても何も起きず、さらに道路交通法違反や虚偽の外国人登録申請などで警察の家宅捜索が入ったことから、集団は福井県鯖江(さばえ)市の山間部にある本拠地(施設)へと引きこもる形になり、メディアへの露出は一気に激減した。

2.絶対的リーダーの死去(2006年)
集団の最高権力者であり、信者たちから絶対的な指示を得ていた代表の千乃裕子(ちの ゆうこ)氏が2006年10月に、ガンのため67歳で死去しました。 千乃氏の「チャネリング(霊的交信)」や独自の主張が教義のすべてだったため、彼女の死によって集団は強力な求心力を失うことになる。
3.本拠地の撤退と現在(2009年〜)
千乃氏の死から約3年後の2009年には、福井県鯖江市にあった大規模な本拠地(パナウェーブ研究所)が閉鎖・解体された。
• 信者数の激減:騒動当時は1,000人以上いたとされる信者だが、リーダーの死去や施設の閉鎖に伴ってそのほとんどが離脱した。
• 現在の状況:団体としての「千乃正法会」という名前自体は登記上など一部で存続しているとされているが、かつてのような組織的な活動や、白装束での移動(キャラバン)などは一切行われていない。
現在の跡地はどうなっている?
福井県の本拠地跡地は、現在では建物が取り壊され、当時の面影はほとんど残っていない。また、彼らが一時期占拠していた岐阜県などの林道や周辺の集落も、現在は当時の騒動が嘘のように静まり返った過疎地・廃屋が目立つ場所となっている。
当時は「オウム真理教の再来か」とも危惧され、日本中が警戒の目を向けたが、結果としてはリーダーの死去とともに急速にフェードアウトしていった、新興宗教の典型的な終焉の形をたどる事となった。