オートバックスという、本来なら「石橋を叩いて渡る」べき成熟した小売チェーンが、これほどリスクの高い大博打に打って出た背景には、彼らが抱える「目先の利益は黒字だが、10年後は死んでいるかもしれない」という強烈な生存危機感がある。
一見、無謀に見えるこの賭けだが、オートバックスのビジネス構造の内情を紐解くと、彼らが「これしか生き残る道がない」と追い詰められているリアルな理由が見えてくる。
1.本業(カー用品・整備)の「緩やかな死」への恐怖
オートバックスの現在の利益を支えているのは、オイル交換、タイヤ交換、バッテリー交換、そして車検などの「消耗品メンテナンス」だ。しかし、この市場は今後縮小することが確定している。
• 若者の車離れと地方の人口減少:そもそも車を所有する人、特に自分でカスタムしたり用品を買ったりする層が激減している。
• 新型車の「ブラックボックス化」:最近の車はメーカー純正の電子制御やナビ(コネクテッド機能)が標準装備されており、街のカー用品店で後付けするパーツ(ドライブレコーダーやオーディオ)の市場は縮小一途となっている。
• 究極のメンテナンスフリー化:もし将来的に国産EVが普及すれば、彼らの最大の稼ぎ頭である「エンジンオイル交換」という文化そのものが消滅する。
つまり、「今のままカー用品店を続けていても、座して死を待つだけ」というジレンマが根底にある。
2.ディーラーになりたいが、既存メーカーからは相手にされない
オートバックスは以前から「新車・中古車販売(オートバックスカーズ)」に力を入れ、単なる用品店から「総合自動車店舗」への脱皮を図ってきた。
しかし、トヨタや日産、ホンダといった国内既存メーカーの強固なディーラー網(系列販売店)に食い込むことは不可能だ。メーカーからすれば、自社の正規ディーラーを守るのが最優先であり、オートバックスに新車を大量供給するメリットがない。
既存の椅子が空いていない以上、彼らが「新車販売の主役に躍り出る」ためには、自ら新しい椅子(新興EVブランド)を作って、その「総輸入元兼ディーラー」のポジションを独占するしかなかったのだった。
3.国内メーカーの「隙間」を突く、商用・地方のラストワンマイル需要
オートバックスが狙っているのは、一般のコンシューマー(個人)だけでなく、「地方の商店や介護、小口配送などのビジネス(商用)需要」だ。
彼らの算段としては、価格に極めてシビアな法人(BtoB)市場であれば、「信頼の国産」よりも「圧倒的な低価格」が刺さるはずだという読みがある。実際に、EMTの戦略も「価格感応度が高い商用・法人需要に的を絞る」という見方が業界内でもなされている。
年初(2026年1月)にも、オートバックスは車検不要の都市型小型EV「Lean3(リーン・スリー)」の取り扱いを発表するなど、とにかく「国内大手がまだ本気で埋めていないマイクロモビリティや格安EVの枠」を片っ端から押さえにいく姿勢を鮮明にしている。

4.「もし失敗しても、痛手は出資比率分だけ」というファブレスの計算
「無謀な賭け」に見えるが、オートバックスは賢く(あるいは狡猾に)リスクを分散している。
彼らは自社で巨額の投資をして自動車工場を建てたわけではない。あくまで「日中5社の共同出資(EMT)」という合弁会社をワンクッション挟んでいる。
• 開発・製造リスク:奇瑞汽車や開発チームが負う
• 販売・整備網の提供:オートバックスが負う
つまり、もしこのプロジェクトが大失敗し、車が売れずにEMT社が破綻したとしても、オートバックスセブン単体が受ける財務的なダメージは「出資した一過性の損失」に限定される。
自社の身を完全に滅ぼすような博打ではなく、「成功すれば日本のモビリティのインフラを握れる大金星、失敗しても本業のキャッシュで耐えられる範囲の授業料」という冷徹な計算の上での行動と言える。
結論:ブランドイメージの崩壊リスクという「盲点」
財務的なリスクはコントロールされているかもしれないが、彼らが過小評価している最大の危機は、「信頼というブランドイメージへのダメージ」だ。
お金の損失は耐えられても、「オートバックスが売ったEVが、万博バスのようにトラブル続きで使い物にならなかった」という悪評が地方で広がれば、彼らの本業である車検や整備、ひいては店舗全体の信用に関わる。
背に腹は代えられない生存戦略とはいえ、ユーザーや現場の現実を置き去りにした「延命の焦り」が透けて見えるからこそ、危うさを感じずにはいられない。