B_Otaku のクルマ日記


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2019/7/5 (Fri)  2019年上半期米国小型車販売<2>

前回に引き続き2019年米国小型自動車販売結果から乗用車および小型トラックのトップ10 を纏めてみる。

乗用車についてはトップ5を国産車が独占するという相変わらずの強さを見せている。米国勢はフォード フュージョンとシボレー マリブが何とかトップ10に入っている。そして韓国勢はヒュンダイに加えて起亜も目出度く入賞というところだが、まあこんなクルマを買う米国人の気持ちは判らない。しかし考えてみれば日本と違い米国在住のユーザー達はピンからキリまでいる訳で、そりゃ韓国車と日本車の違いが判らないような階層だって結構多いだろう。

そして小型トラックはといえば、これまた例によってベスト3はこれぞアメリカンというような馬鹿デカイピックアップトラックで、米国大手3社が仲良く分け合っている。そして4~6位は日本の SUV 、それもミドルサイズが並んでいる。また昨年同様にトヨタのフルサイズピックアップであるタコマがトップ10入りしているが、米国が最も強い分野への進出は最初は何かと波紋の大きかったようだが、今では定位置を築いたという感じだ。

米国の売れ筋は毎年殆ど変化が無い。そしてその販売台数の多さに驚くが、前述のように上位車種は殆どが米国生産であり、これらについては米国も特に何も文句は言っていない、というかもっと米国生産を増やせと言っているが。



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2019/7/4 (Thu)  2019年上半期米国小型車販売

早いモノで今年も半分が過ぎてしまった。

という事で、米国販売実績の上半期 (1~6月) データーが発表された。出典は何時ものようにAutomotive News による。

そして結果は下記のようになった。

興味の中心となるテスラは昨年より一つ順位を上げて順調に販売が続いている。しかし幾ら EV という特殊事情があるとはいえ、自動車産業に新規参入して順調に伸びて行く等ということは想像もつかなかった。

それ以外の順位は見事に昨年と同じだった。そして増減については総合計で-2.4%と僅かに減少しているが、上位4社は10%以上も伸びている。

次回は乗用車ブランド別順位予定を予定している。

つづく



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2019/7/3 (Wed)  50年前のレーシングカー<1>

前回は50年前の高性能スポーツカーを取り上げたが、今回は同時代、というか60年代中頃から70年代前半のレーシングカーについて纏めてみる。

当時の国際レースとしては、勿論 F1 が最高峰ではあったが、人気としても寧ろプロトタイプスポーツカーで争われる耐久レースのシリーズからなるスポーツカー世界選手権の方が人気があった。レースとしてはあの有名なルマン24時間やデイトナ24時間、セブリング12時間やニュルブルックリンク1000㎞、モンツァ1000㎞、スバ1000㎞ などがシリーズに組込まれていた。

中でも 1965年から本格的にレースに参戦したフォードGT と伝統のフェラーリPの熾烈な戦いに興味の中心があったが、とはいえ当時はネットによる生中継どころかテレビ放映も殆どされていない状況で、その結果は一部の専門誌 (オートスポーツとカーグラフィック) から得ていた状況だった。

Ford GT
フォードが企業イメージ向上を目的として英国のローラカーズと提携し、ローラGT をベースとして開発されたのがフォードGT で初代モデルであるマーク1 は1964年に完成した。このクルマはスチール製モノコックシャーシーにグラスファイバーボディを被せ、インディーカー用の 4.7L V8 OHV 350ps をミッドシップに搭載したものだった。なおこのマーク1は通称 GT40 と呼ばれているが、これは全高が40インチ (1,016㎜) と極めて低かった事に驚いたマスコミが命名したものだった。

このマーク1は1965年のルマンに4台のワークスマシンが出走しラップレコードと最高速度を記録したが結果は全車両がリタイアしてしまった。

そこでマーク1のシャーシ―を強化してエンジンも 4.2L から 7.0L 475ps に改装したのがマーク2だ。このフォードGT マーク2は 1966年のルマンで1~3位を独占する大成功を収めて、一躍プロトタイプレーシングスポーツの代名詞となった。そんな訳でカーマニア歴の長いベテランからすると、実に懐かしクルマだと思う。

翌年の1977年はシャーシ―をアルミハニカム構造とし、エンジンも530ps まで強化したマーク4でルマン優勝を果たし、これで2連覇となった。しかしその後レギュレーションが大きく変更された為に、フォードはワークス活動から撤退してマシンはプライベーターに売却された。

このようなフォード閉め出し策に対して、なんと初代のマーク1の GT40 を大改良したミラージュM1 が1968、1969年と優勝し、結果的にルマンはフォードGTの4連覇となった。当時終わったと思っていた GT40 が突然復活した事にアッと驚いた事を今でもハッキリ覚えている。

そんな思い入れのあるマニアが世界中にいるのは当然であり、そこでフォードは2005年に GT40 のリメイク版をフォードGT としてストリート用に発売した。写真下のように当時のスタイルを上手く表現しているが全高は少し高く44インチ (1,118㎜) となる。エンジンは V8 DOHC 5.4L でスーパーチャージャーにより558ps を発生する。また搭載方法はオリジナルと同じミッドシップに縦置きれて後輪を駆動する。

次回はフォードGTと熾烈な戦いを挑んだが、結局4連覇をされてしまったフェラーリPについて同様に纏める予定だ。

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2019/7/1 (Mon)  50年前の超高性能車

今から50年前、すなわち半世紀前の超高性能車というと、フェラーリ 365GTB/4 、ランボルギーニ ミウラ そしてマセラティ ギブリの御三家だった。因みに当時のポルシェ 911 はこれらに比べれば遥かに小型でパワーも少なく価格も安かった。

先ずはスペックを比較しておく。

Ferrari 365GTB/4
フェラーリといえば既に当時でもスポーツカーのトップブランドであり、価格も飛びぬけていた。そのフェラーリのラインナップ中でも特別の高性能車が 365GTB/4 で V12 エンジンはファラーリとはいえ多くのモデルが V12 SOHC であったがこのモデルは DOHC 、すなわち4本のカムシャフトで駆動する事がその車名 GTB/4 の由来となっている。

レイアウトはフロントエンジンでリアを駆動するというオーソドックスなもので、V12 エンジンを搭載した長いボンネットが当時の超高性能車らしさを醸し出している。

Lamborghini Mula
農業用トラクターやエアコンディショナーで財を成したランボルギーニ氏は大のクルマ好きでフェラーリオーナーだったが、ある時フェラーリに対する意見を述べたいとエンツオ フェラーリ氏への面会を求めたが無視されたことで、それなら自分はフェラーリ以上の高性能車を作ってみせる、と開発したのがランボルギーニであり、中でも V12 エンジンをミッドシップに搭載したマルで当時のルマンに出場するプロトタイプレーシングカーのような成り立ちのミウラは、世界中のクルママニアにため息を付かせるに充分だった。スタイルを見れば上のフェラーリですら敵わないモノがあるのが判るだろう。

まるでレーシングカーのようにフロントもリアーもボディがガバッと開くのも魅力的だ。

スペックを見て気がつくのはその重量の軽い事で、エンジン出力自体は今の時代では驚くべき値では無いがそのボディの軽さから P/W レシオは 2.8 kg/ps という圧倒的な数値となっている。これは現代ならポルシェ 911ターボS(580ps 1,610kg) と同等となる。やはりクルマは軽いに限る。

そのエンジンは 4.0L 横置き V12 350ps/7,000rpm 368N-m/5,100rpm という高回転型で、これまたレーシングエンジン並みだ。12個並んだキャブレーターのエアインレットが何ともマニアックだ。

Maserati Ghibli
マセラティ ギブリは御三家の中では特徴に乏しく、またブランドとしてもイマイチの感はあり、確かにスペックでは上記2車に近いモノ上がるが、比べるとちょっと弱い。とはいえ今のマセラティの立ち位置からすれば信じられないくらいのステータスはあった事になる。

Porsche 911
今でこそ高性能スポーツカーの代名詞であるポルシェだが、当時はサイズもパワーも上記のクルマ達からすれば格下であり、価格的にも差があった。まあこれは今でもノーマルカレラとランボルギーニを比べれば結構価格も性能も差があるのだが、現代のポルシェは企業規模としてはフェラーリやランボルギーニとは全く異なるくらいの大企業であり、車種や生産台数は大いに異なっている。

とは言え、そのポルシェも911を水冷化して (996) 共通部品の多い弟分のボクスター (986) で大ヒットするまでは生産台数も生産効率も、そして経営状態も悪い会社だったのが、その後の成功が現在の地位を築いていると考えれば、ポルシェがこんなにメジャーになったのはこの 20年弱の事だったのだ。

上記の3車は当時の資料では国内販売価格が判らない、というか未だ輸入実績が無かった事から同一ブランドの他モデルの価格を参考に記してあるが、それでも千数百万円に届くくらいだから、更に高性能なトップモデルなら二千万円コースだろう。クラウンが百万円の時代に二千万円だからその差は20倍であり、今でいえば1億円くらいに相当するのだろうか。何しろあのトヨタ 2000GT が235万円で、これは当時の日本人からすれば途轍もない高価格だった訳で、それを考えればポルシェ911T の 375万円だって一部の芸能人でも無ければ買えなかった時代だった。

 



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