ホルムズ海峡を通過する際、イラン側に通行料を支払った時点で保険カバーは即座に停止


ロイズ市場協会(LMA)が発表した「ホルムズ海峡通行料条件モデル条項(LMA5708)」は、イラン側から要求される通行料(金銭・非金銭問わず)を支払った船舶の保険カバーを失効させるという、海運・保険業界に大きな波紋を呼ぶ措置だ。

この措置が海運会社、エネルギー市場、金融・地政学等に与える影響について整理する。

1. 措置の背景と基本構造

• イラン側の要求と違法性:ホルムズ海峡を通過する船舶に対し、イラン当局(Persian Gulf Strait Authority等)が安全通行の対価として通行料(Toll/Transit fee)の支払いを要求。しかし、国連海洋法条約(UNCLOS)上、国際海峡での無害通航権に対する一方的な課金は認められていない。

• 制裁・テロ防止法違反リスク:支払われた資金がイラン政府やイスラム革命防衛隊(IRGC)に流れる場合、米国のOFAC制裁、英国のテロ対策法、EU制裁規程に直接抵触する。

• 免責条項の徹底:LMAのモデル条項では、支払いの事実が確認された(またはデュードリジェンス(監査・調査))時点で、保険会社は当該船舶に関する一切の補償義務から免責(Discharged from obligations)される。また、通行料を「損害防止費用(Sue and Labour)」として保険金請求することも明確に禁止される。

2. 主な影響の整理
① 船主・海運会社:「究極の二者択一」の発生

船主はこれまで、「通行料を支払って安全を買う」という抜け道を選択肢として検討できたが、この選択肢が完全に塞がれた。

• 無保険航行リスク:イランに通行料を支払うと、船体保険(Hull & Machinery)や船主責任保険(P&I)等のカバーが即座に途切れる。無保険状態で事故や不法拿捕、沈没が起きれば数百億円規模の損害がすべて船主の自己負担となる。

• 攻撃・拿捕リスクの増大:支払いを拒否すれば、イラン側による臨検、拿捕、あるいは攻撃の標的となるリスクが高まるす。

② 原油・LNG輸送と国際物流:「実質的な海峡閉鎖効果」

ホルムズ海峡は世界の海上輸送原油の約2割が通過する重要チョークポイントである。
• 通航量の急激な減少:無保険航海を嫌気する大手海運会社や石油メジャーがホルムズ海峡の通過を回避・延期。軍事的封鎖が行われずとも、保険市場のルール変更によって「実質的な民間閉鎖状態」が生じる。

• 喜望峰ルート等への迂回による物流遅延:中東発のタンカーが代替ルート(アフリカ南端迂回等)を取らざるを得なくなり、輸送日数と燃料コストが大幅に増加。

運賃(フレート)および戦争保険料(War Risk Premium)の高騰:残されたわずかなリスク承諾船に需要が集中し、海上運賃が急騰する。

③ 保険・金融市場:「制裁コンプライアンスの民営執行」

• 世界標準としての波及:LMAの条項は「推奨(モデル)」であり強制法ではないが、ロイズ市場の影響力は絶大であり、ロンドン外の再保険市場や保険会社も同等の条項を契約に盛り込むため、全世界の海上保険に事実上の業界標準として定着。

• デュードリジェンス(監査・調査)の厳格化:保険会社は事故発生時だけでなく、平時の航海記録、通信履歴、金銭・非金銭的な取引履歴(給油やサービス提供のバーター含む)を厳格に追跡・確認するようになる。

④ 地政学・国際法:「非軍事的アプローチによる資金源遮断」

• イランの「通行料ビジネス」の無効化:イランが外貨獲得や主権主張の手段として構築しようとした「海峡通行料徴収システム」は、民間保険市場によって経済的インセンティブ(人の意欲や行動を引き出すための「刺激」「動機」「誘因」のこと)を削がれることになる。

• 民間の力を借りた制裁執行(Gatekeeper機能):軍艦による護衛・警備だけでなく、保険という金融サービスをゲートキーパー(門番)とすることで、西側諸国の制裁の実効性を高める構造となっている。

3. 構造比較表