日本の文系最高峰とされる東京大学法学部(緑会)が、まるで私立のマンモス大学のような大教室での講義(いわゆる階段教室での授業)を中心としてきたのは何故だろうか。これには歴史的背景、官僚養成機関としての目的、そして「法学」という学問の性質に起因する明確な理由があるという。
1.効率的な「国家官僚の養成」という歴史的使命
東大法学部(旧帝国大学法科大学)の最大の設立目的は、近代国家としての体制を整えるための有能な行政官(官僚)や法曹を大量かつ迅速に育成することだった。 明治から昭和にかけて、国を動かすための共通言語(法律や行政学)を効率よく、均一に叩き込む必要があったため、1人の優秀な教授が数百人の学生に対して一方向で講義を行う「大教室スタイル」が最も効率的かつ合理的であると判断されたのだった。
2.「通説」を体系的に詰め込む学問スタイル
法学、特に東大法学部が伝統的に重視してきたコンチネンタル・ロー(大陸法・独仏法ベース)の学習は、まずは体系化された法解釈や「通説」を正しく理解することが土台となる。 ディスカッションよりも、まずは「完成された膨大な法体系と論理を正確にインプットする」ことが先決であるため、教授が壇上から講義し、学生がひたすらノートを取るというスタイルが長年最適とされてきた。
3.ゼミ(演習)の存在と「二階建て」の構造
「数百人の階段教室」ばかりが注目されがちだが、東大法学部にも少人数の「ゼミ(演習)」は存在する。 仕組みとしては、以下のような「二階建て」の構造になっている。
• 1階(大講義): 基礎となる六法などの知識を、数百人規模の大教室で徹底的にインプットする。
• 2階(ゼミ): 3〜4年生の希望者が、数十人単位の少人数で教授を囲み、判例研究や議論を行う。
つまり、大教室での授業は「手抜き」や「マンモス化」したわけではなく、「基礎知識のインプットは大教室で一斉にやるもの」という確固たる教育方針に基づいているのだった。
4.教員数と学生数の比率(コストパフォーマンス)
文系学部全般に言えることだが、実験設備や教員1人あたりの学生数が厳格に管理される理系(1学科100人前後に対して多数の教授・助教がつく環境)に比べ、文系は教員1人が抱える学生の数が構造的に多くなりがちだ。東大法学部は日本のトップとはいえ、伝統的に教員のマンパワーを「少人数の講義を大量に開講すること」ではなく、「自身の高度な研究」と「大講義+専門ゼミ」に集中させてきたという側面もある。
近年の変化
司法制度改革や法科大学院(ロースクール)の設置、さらにはアクティブラーニングの重視に伴い、現在の東大法学部では昔ほどの「完全な一方向・大教室オンリー」からは脱却しつつある。それでも、あの荘厳な階段教室での講義は、東大法学部のアイデンティティであり、効率性を極限まで高めた伝統的な知の伝達スタイルと言えるのだった。