日本の左翼は「お花畑」と言われているように、あまりにも現実を無視している。加えて知識が不足していて、とりわけ技術面においてはあまりにも無知だ。イデオロギーは別として、左翼でも世界の軍事や兵器に詳しい論客がなぜだろうか。
イデオロギーの是非はさておき、なぜ左派に「兵器や軍事に精通した論客」が極端に少ないのか。そこには歴史的、構造的ないくつかの理由があるようだ。
1.「軍事=悪」という思考停止の呪縛
戦後の日本左翼にとって、軍事知識を学ぶこと自体が「戦争を肯定すること」や「軍国主義への加担」と同義であるという強いタブー感があった。
・知識の欠如が正義:「軍事に詳しくなると、軍事的な論理に絡め取られる」という恐怖心から、あえて知識を持たないことを「平和主義者の証」としてしまった側面がある。
・感情論への逃避:技術的なスペックや戦略論で議論するのではなく、「憲法9条を守れ」「命は宝」といった情緒的なスローガンに終始するため、現実の兵器体系(ミサイル防衛や電子戦など)に基づいた対案が出せなくなっている。
2.インテリ層の「理系離れ」と技術への無知
かつての左翼運動は理論的だったが、現代の日本の左派知識人の多くは人文科学・社会科学系に偏っている。
・テクノロジーへの疎さ:現代戦はAI、半導体、量子技術、極超音速技術などの結晶だが、これらを理解するには高度な理系知識が必要となる。しかし、日本の左派言論界に理系出身の論客が極めて少ないため、技術的な裏付けのない精神論的な批判に陥る。
・「軍学共同」への拒否感:大学での軍事研究を否定してきた歴史があるため、アカデミズムの中に軍事技術を客観的に分析できる土壌が育たなかった
3.世界の左翼との決定的な違い
実は世界を見渡すと、「軍事に詳しい左翼」は普通に存在する。
・欧米の例: 冷戦期の反核運動や現代の反戦運動でも、左派の活動家が「このミサイルの射程は〇〇で、この予算を教育に回すべきだ」と、詳細なスペックを挙げて政府を論破する光景は珍しくなかった。
・戦略的平和主義: 彼らは「敵を知り、兵器を知らなければ、効果的な軍縮交渉はできない」と考えている。対して日本の左派は、具体的な代替案(戦略的抑止力など)を提示せず、単に「武器を持つな」と叫ぶだけに見えてしまうため、リアリティを欠いていると批判される。
構造的な変化の兆し
最近では、リベラル層の中にも「現実的な安全保障を語らなければ、支持は得られない」と危機感を持つ若い世代や、サイバーセキュリティなどの観点から軍事技術を論じる層がわずかに出始めている。しかし、長年蓄積された「知識不足」という溝を埋めるには、まだ時間がかかりそうだ。
余談:かつての社会党にも軍事知識を持つ議員はいたが、現在は「反対のための反対」というスタイルが固定化してしまい、技術的アップデートが止まってしまったのは日本の言論界にとっての損失とも言える。
とはいえ、一言で言えば
左翼=数学が苦手なド文系
であり、高校時代には数ⅡBすらチンプンカンプンだった、という連中だろう。