旧東ドイツ(旧東地区)で右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持が高い背景には、一見すると「共産主義(左)から右翼への急変」に見えるが、その本質は東西統一後の挫折感、既存政治への抗議(プロテスト票)、そして東独時代に形成された社会保守的な風土にあるという。
1. 統一後の経済的挫折と「二等国民」意識

1990年の東西ドイツ統一後、旧東独の国営企業は急速に民営化・閉鎖され、大規模な失業と若年層の西側への人口流出が起きた。
現在も賃金格差や資産格差、企業幹部・要職における東出身者の少なさなどが残っており、「西側主導の統一によって自分たちは置き去りにされた(二等国民にされた)」という格差感や不満が根強く存在する。
2. 反体制票の受け皿の変化(「左翼党」から「AfD」へ)

共産主義時代を経験した東側では、かつて旧社会主義統一党の流れをくむ「左翼党(Die Linke)」が既存の主流政党(CDUやSPD)に対する批判票の受け皿だった。
しかし、左翼党が州政権に入るなど既存体制側に組み込まれ、都市型の格差・環境政策にシフトしたことで、不満を抱く有権者はより急進的で反体制色が強い「AfD」へと支持を移した。つまり、政治的理念そのものよりも「既存の連邦政府や政治エリートへの抗議(プロテスト票)」という共通項で動いている。
3. 東独時代の「社会保守主義」と多文化主義への拒絶

旧東独の共産主義体制は、経済的には左派だったが、社会構造・文化的には非常に同質的でナショナリズムが強い閉鎖的な体制だった。
西側のような1968年以降の自由主義的価値観(多様性、多文化主義、LGBTQ+、環境運動など)を経験していないため、東側の住民には社会保守的な価値観が色濃く残っている。そのため、近年の難民・移民受け入れ拡大や過度な多様性推進に対し、強い抵抗感を持つ層がAfDの反移民・ナショナリズムに共感している。
4. 主流派政治とメディアへの強い不信感

東独時代に国家(SED)による抑圧や報道統制を経験した歴史から、官僚機構や大手メディアの言説に対する疑念が西側よりも強い特徴がある。
AfDは自らを「抑圧された市民の味方」「1989年の民主化運動(Wende)の真の継承者」と位置づけ、「ベルリンの政治エリートやメディアが国民の声を無視している」という対立軸を作る言説(「Wende 2.0」など)で支持を獲得している。
5. ロシアに対する距離感の違い

旧東独ではロシア語教育や旧ソ連との文化交流の歴史があり、NATOやアメリカに対する警戒感を持つ層が一定数存在している。
ウクライナ情勢を巡り、連邦政府による対露制裁や軍事支援に懐疑的で、ロシアとの安価なエネルギー取引再開や和平交渉を主張するAfDの外交姿勢が、東側の世論と親和性を持っている。
という事で、なかなか複雑な状況だ。