保険業界が速やかに厳しい免責条項を導入したのは「ドル決済システムからの排除」の恐怖だった


ベッセント財務長官はイランに金を払った船の保険を受けた保険会社はドルの取引を停止すると発現したことで、保険協会が今回の決定をしたと言われている。

保険業界(ロイズ市場など)が速やかに厳しい免責条項(LMA5708等)を導入した背景には、米財務省による「ドル決済システムからの排除」という最強の金融制裁の恐怖が存在する。

なぜ米財務省の一言がそれほどまでに決定的な威力を持ち、保険協会を即座に動かしたのか、その裏にある金融のメカニズムを整理する。

1. 米財務省(OFAC)の「二次的制裁」という即死兵器

米財務省外国資産管理房(OFAC)およびベッセント財務長官らが発動を示唆する制裁は、「二次的制裁(Secondary Sanctions)」と呼ばれるものだ。

• 直接の当事者でなくても対象になる:米国企業だけでなく、イラン等の制裁対象と取引(資金提供やその裏付けとなる保険提供)を行った第三国の外国企業であっても制裁対象に指定される。

• ドル決済口座の凍結・遮断:制裁対象に指定された金融機関や保険会社は、米国の金融システム(ドル清算ネットワーク)から完全に締め出される。

2. なぜ保険会社は「ドル取引停止」で即死するのか?

国際的な海上保険市場において、米ドルからの遮断はビジネスの完全な終焉を意味する。

• 海上保険の基軸通貨は米ドル:大型タンカー(VLCC)の船体保険やP&I保険、事故時の保険金支払い、さらには再保険の取引まで、世界の大半の海上保険契約は米ドル建てで行われている。

• 連動する銀行取引の停止:ドル取引が停止されると、米系の主要銀行はもちろん、米国の制裁を恐れる欧州・アジアの主要銀行もその保険会社との取引口座を凍結する。

• 他の全顧客への波及:たった1隻の船がイランに通行料を払ったことを受諾・補償したばかりにドル口座が止まると、その保険会社が抱える世界中の何千・何万社という他の正常な顧客への保険金支払いもすべてストップしてしまう。

3. 「不可避な自衛策」

LMA(ロイズ市場協会)が今回提示したモデル条項は、保険会社側の視点から見れば「生存のための防御壁」だ。

【イラン側の要求】 通行料を払えば安全に航行させる
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【米財務省の警告】 払った船に保険を出せば、保険会社のドル取引を止める
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【LMAの防衛策】 「支払った瞬間に保険は自動失効」という新ルールを作り、 保険会社自身が米国の制裁に巻き込まれるのを防ぐ

民間保険会社にとって「米財務省から制裁を受けるリスク」と「船主から見捨てられるリスク」を天秤にかけた場合、前者のリスクがあまりにも巨大すぎるため、一択しか残されていなかった。

まとめ
軍艦を出して海峡を物理的に封鎖しなくても、「ドルの利用権限」を盾に保険市場を締め上げることで、間接的にイランへの資金流入を阻止し、海運の動きをコントロールするという、米国の「金融制裁(Financial Warfare)」の威力が遺憾なく発揮された事例と言る。