Porsche Cayman S (2006/1/7)
※この試乗記は2006年1月現在の内容です。現在この車種は MCにより仕様が変更されています。



ポルシェ カレラS


BMW630i


ルーフ以外はボクスターと殆ど共通なのだが、何故か外観のイメージはまるで違う。

エンジンをキャビンの後方、リアアクスルの前に積むミッドシップエンジン方式は、現在レーシングカーの分野で主流 になっている。これは今に始まった訳ではなく、 B_Otaku が本格的にクルマに興味を持ち始めた1960年代中頃には、 F1やルマンに代表されるプロトタイプスポーツカーの分野では、既にミッドエンジンが主流だった。
ところが、市販のミッドエンジン車となると話は別で、当然国産車には皆無だし、海外でも極めて稀だった。勿論、当時は情報すら殆ど無かった。 そんな当時、偶然本屋で立ち読みした1967年7月号のCG(カーグラフィック)誌に掲載されたランボルギーニミウラのロードインプレッションは 実に鮮烈だった。なにしろ、スタイルと良い、性能と良い、当時のプロトタイプレースカーを、そのままロードカーにしたようなクルマがある事を知ったのだから。
そして、次に知ったのがロータスヨーロッパだった。ミウラが4ℓ V12エンジンを搭載した超高価各車であったのに比べれば、ルノー16用の1.5ℓ  OHVエンジンを搭載したヨーロッパは多少は現実的なクルマだったが、それでも日本での当時の価格は195万円。クラウンが100万円の 時代だったから、高価な車には違いなかった。1.5ℓ 82pの、このクルマの性能がゼロヨン16.6秒と決してあなどれなかった理由は空車で 620kgという現代の常識では考えられない程に軽量なことが原因だった。
これ以後のB_Otaku はCG誌をむさぼる様に読みまくり、元々良くない学校の成績を 更に下降させて行ったのだが、この件については今後に譲ろう。

それから三十数年が経過し、当時は天文学的な価格だった高性能ミッドシップカーも最近では結構現実な価格になってきた。 その中でも、最近の極めつけはケイマンSだろう。オプションを除いて7百万円代の後半というのは決して安い価格ではないが、295psのミッドシップ車で 完全なクローズドクーペ。そして何よりポルシェ製だから、注目されない訳がない。


ランボルギーニミウラ
三十数年前に、このスタイルと性能は驚異だった。その後スーパーカーの定番となる。
DOHC4ℓ V12 で350psは現代ではそれ程のインパクトはないし、0〜100km/hが6秒という性能はボクスターSでも達成できる。
 
ロータスヨーロッパ
ファミリーセダンのルノー16用OHV1.5ℓ 82psエンジンは非力ながらも620kgという驚異的な車重によりゼロヨン16.6秒と結構な性能だった。
 

昨年末に発売されたケイマンSの価格は6MTが777万円、今回試乗した5Tip(AT)は819万円で、ポルシェのセオリーどおりにベース 価格には 便利機能は標準装着されていないので、普通のオーナーならば50〜100万円程度のオプションを装着する。と、なれば、車両が900万円で 更に取得税が45万円、その他諸経費を含めれば、あっと驚く1千万円に限りなく近いという、世間の常識から見たら結構な高額車となってしまう。
試乗車の塗装色はアークティックシルバーメタリックで、これが良く似合う。何故か、メルセデスとポルシェはシルバーが似合うのに、BMWのシルバーは オヤジっぽいイメージがある。BMWもそこは気がついたようで、最近はブルー掛ったシルバーが主流になってきたようだ。

ケイマンSの第1印象は、とに角アグレッシブというか挑戦的な外観で、本来はルーフがあるだけの違いの筈なのに、ボクスターとは、まるでイメージが違う。 特にフロントからの悪そうな雰囲気が何とも言えないが、よくよく見ればバンパー左右のエアインテークとその中に仕込まれるフォグランプのデザイン、 それにライトの下マブタ?が多少異なるだけなのに、何故にこれ程までにイメージが違うのだろう。この辺りは、ポルシェのデザイン能力に感心するしかない。ケイマンSの一番絵になる角度は やはり斜め後方だろう。考えて見れば、急傾斜のリアハッチは、オープンのボクスターと最も異なる部分だから、この部分にデザインの見せ場を作るのは当然だ。 それでは、真横から見たら如何かといえば、個人的にはチョット寸詰まりのように感じる。最も、リアにエンジンを積むことで必然的にリアオーバーハングが 長い911系と比べるからとも言えるが。何れにしても、ケイマンSは写真で見る以上にカッコ良いし、それもショールームに飾るよりも、実際に屋外に 持ち出したほうが更に良い。

左:この角度から見るケイマンSが一番それらしく、カッコ良い

左下:真後ろから見たケイマンS。

中下:側面から見たケイマンSはカレラ(997)に比べて寸詰まりの感がある。

右下:真正面から見れば、本来ボクスターと共通なのだが、エアインテークの形状が違う事で印象は一変し、遥かに挑戦的に見える。

次にフロントのトランクを開けて見ると、これも又ボクスターと同じ光景が見られる。ポルシェのフロント部分は 997カレラと987ボクスターでも殆ど同じだから、ケイマンSが同じなのは当然だ。
今度はケイマンSのハイライトであるリアゲートを開けて見ると、実際に荷物を置けそうなスペースはボクスターとそれ程変らないようだ。 勿論、渦高く積めば別だろうが、普通はそんな使い方はしないだろう。詳細は文書で説明するよりも写真をご覧いただこう。


フロントトランクはボクスターと同じ。結構深いので十分実用になる。 よく見ると中心に対して左右対称のベースプレート構造が判る。これは当然RHD対策だろう。

ブレーキのマスターシリンダなどは樹脂製のケースに入っている。 普通この位置はエンジンルームだから丸見えで良いが、ポルシェ各車はトランク内となるなるのでカバーが必要。

リアゲートを開けたところ。ウエストラインより上まで荷物を積まない限りは ボクスターと大差ないスペースだ。この下にエンジンがあるのでメカ音は室内に入り易いし、耳障りな低音域が侵入し気持ちの良い 高音がカットされる。
  オイルの注入口はリアゲート内にある。ウッカリ素人のような整備士にオイルの補充などをさせると、カーペットが油だらけ!右の青いキャップはクーラントの注入口。  

いよいよ乗り込むためにドアを開けてみると、そこに現れるインテリアはボクスターそのものだ。 シートに座ってドアを閉めると、ズンッという剛性感溢れる音とともに 室内が密閉される。このドアの剛性感は、確かにボクスターよりも更に上を行く気がする。 といっても、ボクスターだってドアを閉めた時は、オープンボディであることが信じられないくらいの剛性感があるから、強いて比べればという程度だ。 シート位置を合わせて、次にルームミラーを合わせると、ケイマンSのもう一つの特徴であるミラーからの後方視界が確認できる。 外観からも想像できるように視界は上下に狭く、決して良好とは言えないが、元来ミッドエンジンスポーツに後方視界を要求する事が間違いだから これで十分。後ろが見えるだけマシと考えよう。


この写真ではボクスターSとの違いは全く判らない。

この角度だと、シートのヘッドレスト後方にロールバーが無いことと、空間があることで辛うじてケイマンSと判断できる。

フロントからの後方の眺めはボクスターと異なる。しかし、このスペースに荷物を置く事があるのだろうか?

セレクターがP位置にある事を確認し、ステアリングポスト左にあるキーを捻れば、エンジンは短いクランキングと共に勢い良く目覚める。 この時の一瞬のブリッピング(勿論自動的に行われる)音を聞いただけで、このクルマが普通では無いことを直感できる。エンジンが冷えていた事もあるだろうが、始動直後のアイドリングは800rpm程度で 、この時既にクルマ自体がブルブルと振動し、低い排気音や、ヒューンという何やら吸気音のような音、そして ウィーンという音など、とに角色んなメカ音が聞こえる。
例によって長いパーキングレバーをリリースして、セレクターをDにする。いよいよ、ユックリと右足を踏み込めば、クルマは静々と走り出した。 デーラーの構内をユックリ走っている間も、メカ音はますます盛大に耳を刺激する。このクルマに試乗した多くの人が指摘する、低い電気モーターような音というのは、 確かに聞こえるし、その音量も結構大きいが、どういう訳か個人的には気にならなかった。何だか、これはこういうクルマなんだろうと納得できる音だった。 それにしても、色んなメカメカしい音が、洪水のように押し寄せるから、好き嫌いは別にして、何やら普通じゃないクルマを運転しているとの気持ちは充分過ぎるくらいに盛り上がる。 国道に出るために一時停止して、クルマの流れが切れるのを待っている間も、ヒューン、ウィーン、ブルブルと 気分を盛り上げてくれる。車線が空いたのを確認して、ユックリ本線上にでて、ハーフスロットルで流れに乗ると、さらに音量をアップして、その後は常に耳を刺激する。
冷静になって、ケイマンSの音をよくよく聞いてみれば、音量自体がカレラよりも、ボクスターよりも大きい。そして、確かに人によっては音質的に気になる事はあるかもしれない。 車体の最後部にエンジンのある911系は、キャビンから遠い分だけ遮音に有利だろうし、ケイマンと同じように背中の後ろに エンジンを背負っているボクスターにしても、エンジンルームの上はトランクルームで、そこからの音の大部分は空中に発散される事になるが、ケイマンの場合は丁度耳の後ろあたりの、 ラッゲージスペースに伝わる事になる。勿論、遮音材が使われているだろうが、遮音と言うのは高音域は簡単だけど、 低音域は結構難しい。その為に、耳に気持ちの良い高音部分がカットされて、あまり嬉しくない低音部分が強調されてしまうのではないか。 それに加えて、標準装着されたミシュラン・パイロットスポーツからのゴーっというロードノイズが常に室内から侵入してくるから、 クルマに興味のないパッセンジャーからは大いなる不満が出ることは間違いない。

音については個人の好みもあるので、このくらいにして、動力性能については一言で言えば充分すぎるトルクに満ち溢れているというところだ。 2.7ℓのボクスターと比べると、特に低回転域では圧倒的なトルク感がある。ポルシェに限らず、最近のクルマはスロットルが電子制御の、所謂バイワイヤ方式のために それまでの乗り方に対する学習によって特性を変化させるので、試乗記を書く場合は結構難しいものがある。偶々、派手なフルスロットルを踏む客が多く試乗したら、そのアクセルは チョット踏んだだけでピョンと飛び出す状態だったりする。そこで、こんな特性は危険だなんて書いたらイイ恥を書いてしまう事になろう。ところで、走行距離約1000kmの試乗車は 流石にポルシェオーナー(とその予備軍)に試乗されてきただけあって、非常にレスポンスの良い状態に躾けられていた。普通、他の、上品な高級サルーンなどは、試乗も上品に乗るから スロットルは結構トロい状態が多いのだが。そういえば、ポルシェセンターには日曜のクルマ屋巡りに、ブラントスーツを着た奥さんとお受験着風のお嬢様ワンピースの娘をつれた 世界音楽全集オヤジが皆無なことに気がついた。ポルシェというのは高性能車で高価格車だけれど、決して高級車ではないとは上手い事をいう人がいるものだ。

それでは一番の興味である、トップエンドの性能はと言えば、これはやはりゼロスタートのヨーイドンをやるしかない。 写真撮影も終わり、コーナーリングのトライも終了して、後はデーラーへ向けた復路を目指すために片側2車線のバイパスを流しているとチャンスは訪れた。 ルームミラー後方に写る黒い影。ガンダムのようメカメカしく子供っぽいフロントグリルに大きな羽根をつけた奴が、右に左にチョロチョロと車線を変えながら迫っている。 誰が見てもエボだ。と、思ったら前方の信号が黄色に変った。ユックリと減速しながら左車線の停止線少し前で停まる。少し遅れて黒いエボは右の車線に現れ、 停止線を2mばかり越えてブレーキ屋の売り上げ増進に協力するような急ブレーキに近い減速度で停まった。無意味に太くて路面とのクリアランスの 無い社外品のマフラーからは、ボコボコと安っぽい音を出している。こちらも、セレクターをMにして、ステアリング上のスイッチのマイナスを一つ押して、 メーター内のインジケータの1速が点灯していることを確認する。反対側の信号が黄色になり、逸る気持ちをグッと抑えて待つこと十数秒。正面の信号が 青になった。行き成りフルスロットルを踏むのは下品だから、深く静かに、といっても結構な勢いで右足を床まで踏みつければ、ケイマンSは ドライバーの背中をバックレストに押し付けながら、グングンと加速する。
走行1000km程度の試乗車だから6000rpmでステアリング上のシフトスイッチの“+”を素早く押す。吹け上がりはポルシェのフラット6だけに 何のストレスもないが、よくよく観察すればカレラのように5000rpmあたりから益々カムに乗ってくるようなトップエンドの気持ち良さには敵わない。 それでは、ボクスターの2.7ℓに比べて如何かと言えば、トルク感では排気量が0.7ℓも大きいケイマンSが圧倒的に上回るが、高回転での滑らかさでは 排気量の小さいボクスターが勝っている。当然といえば、当然で、排気量が小さければピストンも軽いし、ストロークが短かければピストンの速度も遅くて済む。 BMWの場合も、同じ6気筒ならば排気量の少ない2.2ℓが一番滑らかだ。それに、これは推測だが、ポルシェとしては2.7ℓなら絶対的なトルクや 加速感ではカレラの敵では無いから、高回転域の性能が良くても、ポルシェの価格体系が破壊されることはない。ところが、パフォーマンスでカレラに迫る ケイマンSの場合は、意識的に高回転での性能を落として、やっぱりカレラは違うと納得させる必要があったのだろう。
本題に戻って、2速にシフトアップして更に踏み込むと、先程信号を通過した先行車のテールが迫ってきた。やむなく減速して流れに従う。 そこで、ハッと気がつき、そういえば黒エボはとミラーを見れば、遥か後方をノンビリ走っているではないか!要するに無視された訳だ。何やら 向こうのドライバーの方が気持ちが大人のようっだ。


上:メーターはボクスターSと共通。しかし、何度見てもポルシェのメーターはクッキリと見やすい 。

右:試乗車はティプトロ仕様。センタークラスタもオーティオや空調、それにティプロトのセレクターもボクスターと全く同じ。

オプションのスポーツクロノ(13.5万円)装着車にはダッシュボート中央にストップウォッチが付く。

標準のマニアルエアコン操作パネル。オプションのフルオートエアコン(8万円)を欲しがるのは日本人だけだとか。
下段は左からリアスポイラーの手動上下とスポーツクロノのモードのスイッチ。  

ケイマンSのステアリングを握った時に最初に感じるのは、標準のステアリングホイール(S/W)が細くて頼り無いことだ。 ケイマンに限らず、最近のポルシェのS/Wは、ライバルに比べてチャチなのが気になる。太くて握りやすいS/Wが標準で装着されるのはカレラS以上だから、 一千万円を軽く超えるノーマルカレラでさえ、ボクスターやケイマンと同じ細身で頼りないS/Wが付いてくる。

まあ、それはそれとして、ケイマンSの操舵特性はといえば、当然ながらベースとなるボクスターと共通していて、重心に近い位置にエンジン置く ミッドエンジン独特の、X軸方向(車体の中心に対して回転する方向)の慣性が少ないことによる、クイックな挙動は他車では得られないものだ。 さらに、クローズドボティにより剛性がアップしているケイマンの操舵性は、市販車の中ではダントツだ。
今回は時間に多少の余裕があったので、ケイマンSの写真を公営の運動公園まで行って撮影した。しかも、その途中には好都合にも、適度な半径のカーブがあるので そこを2往復して中速域の操舵性を試してみることにした。まず1回目の往路は少し速めとは言え、様子見のトライをしてみる。この程度の速度では全く安定して 誰でもが人より速く走れるが、チョッとしたステアリングの動きにも反応するから、ドヘタなオヤジやオバンドライバーはケイマンSの運転は避けたほうが無難だろう。 その後復路を走り、Uターンして2回目の往路を走り、徐々に速度を上げていって、いよいよ2回目の復路に挑戦する。この時のケイマンSの挙動は 結構手に汗を握る感じが味わえた。いや、今までの試乗車の中では、ダントツに心臓バクバク状態だった。ステアリングの微妙な動きにはシビアに車体が反応するし、 スロットルべダルを踏む右足の力を微妙に変えるだけで、コーナーリング中の車体は、これまた微妙に反応し、これ以上やるとリアが外に向かうぞ という感じをヒシヒシと伝えてくる。実際にリヤが流れ出すまでは、相当に余裕があるとは思うし、ドライバーにそういう感覚を伝えるのがポルシェ流の 駆け抜ける喜びなのだろうか?この2回目のトライを終えてのデーラーへの帰路でも、わが心臓君は未だ興奮が冷め遣らないようだった。
デーラーに帰着後に、担当のセールス氏にこの話をしたら、やはり同じ経験をしたそうで、あのリアが外側に行きたがる素振りを見せるのは、ポルシェの狙いで、 それを楽しいと思うユーザーを狙ったクルマがケイマンSではないだろうか。勿論、もしもの時にはPSMが介入するだろうから、決してスピンに至ったりはしないだろう。 カレラのようなリアエンジン程ではないにせよ、コントロールを失い始めら一般ドライバーにはコントロールが難しいミッドエンジン車に、987からPSMが標準装備されたのは、安全上では実に好ましいと思う。

盛大に侵入するエンジン音と、シビアなステアリングとくれば、次はガッチガチの乗り心地を想像するが、これについては意外と大人しい。とは言え、 一般的なクルマから見れば相当に硬いが、カレラ程ではないにせよ、世間の常識からすれば鬼のようなボディ剛性だから、突き上げがきても一瞬バンッ とくるだけで決して不快ではない。とは、言っても硬い乗り心地が嫌いなユーザーはオプションのPASM(27万円)を装着すれば、 恐らく高級サルーンも真っ青のフラットな乗り心地を提供すると思う。実際、PASMを標準装備するカレラSは、ケイマンSよりも更に高剛性ということはあるにせよ、とに角 今までにないフラットな乗り心地だった。

ポルシェの2ペダルは今だにトルコン式ATのティプトロニック2(Tip)を搭載している。近い将来にVWやアウディのDSGやBMWのSMGのような シーケンシャルセミオートが搭載されるだろうが、今現在、正式なアナウンスは無いようだ。このTipは、トルコン式としては間違いなくフィーリングが最良で 例えばBMWに搭載されているZF製のATの場合は、定速走行時にキックダウンには至らない程度にスロットルを踏むと、回転計の針は500〜700rpm程度 跳ね上がり、トルコンがスリップすることで減速比が変ったような効果があるので、街乗りとしてはありがたいが、コーナーリング中に微妙なトルクの変化で 姿勢をコントロールしようなどという事を考えると、このトルコンによるダイレクト感の無さが気にかかる。ところが、ポルシェのTipは、これがトルコン式とは 信じられないくらいにダイレクトな特性を持っている。
Tipのシフトアップ/ダウンのタイミング等は学習機能があり、今までのドライバーの運転により、多少のショックを伴うがハイレスポンスとなったり、非常にマイルドだが レスポンスは遅かったりと変化する。半年ほど前に試乗したカレラSは、実にオットリとした特性に手なずけられたいたが、このケイマンSはスロットル同様に DSG並みのレスポンスになっていた。この事実は、カレラとケイマンのユーザー層の違いを如実に現している。

ポルシェに関しては、この3年くらいの間に986(先代ボクスター)、987(現行ボクスター)、997(現行カレラ)と試乗をしたが、 ブレーキについてはそれぞれ印象が異なっていた。特に987は走行30km程度のマッサラな新車だったためパッドの当たりが全くついていなかったので本来の性能を発揮できなかった 。997は走行1万キロで十分な当たりがついていて、 流石はカレラで、元々剛性もボクスターより上なのか、とに角あんなにガッチガチのブレーキは初めて経験するフィーリングだった。
それではケイマンSはといえば、踏んでからパッドがローターに当たるまでの遊びは、カレラ程ではないが十分に短く、踏んだ直後からもうローターに当たってい感じはある。 ただし、そこから先はカレラが殆どストロークせずに、まるで壁を踏んでいるような感覚なのに比べて、ケイマンSは多少のストロークがある。この原因が、 ブレーキ系全体の剛性がカレラ程には無いからなのか、それとも数千km程度の走行で、完全に当たりが付けばカレラ並みになるのは今後の課題としよう。
効き自体は踏力を必要とするタイプで、パニックブレーキなどでは女性の細腕、ではなく細い足では厳しいかもしれない。この特性はBMW Z4がつま先で軽く踏むだけで 喰いつくような減速を感じるのとは全く逆だ。ケイマンSのようなブレーキ特性はコーナー直前でガンッと減速するような走りには向いているし、MTならばH&T(ヒールアンドトウ) をするのには好都合だ。それに、このフィーリングからして、高速性能や耐フェード性などを向上させたタイプのパッドが標準装着されているのだろう。この辺も、ケイマンSの 性格を実に表している。  


リアに標準の9J18ホイールと265/40ZR18タイヤの組み合わせ。

フロントは8J18ホイールと235/40ZR18タイヤとなる。

ポルシェのミッドエンジン車であるボクスターには興味があるが、オープンボディが特に好きでもないし、実際に購入するとなると、 ソフトトップのクルマを買う事に踏み切れない、というユーザーは結構多いのではないだろうか?そんな人たちにはケイマンSは、正に待ってましたとばかりに 諸手を挙げて飛びつきたい気持ちだろう。しかし、そこはポルシェの商売の上手さで、レッドゾーンに向かうエンジンのトップエンドでの特性はシッカリとカレラより 劣る設定になっているし、リアサスだってボクスターベースだからストラットで、カレラのマルチリンクとは差を付けている。そこまでして、 必死でカレラを商品系列上の上位に置こうとしているが、果して何時まで持ちこたえられるだろうか?
カレラは今や金持ちのオバサン、失礼!奥様でも運転出来るクルマになってしまった。根本的に危険な挙動を秘めているリアエンジンという構成に対して、 長年の改良と、4WD化や電子制御による挙動の安定化(PMS)と乗り心地の向上(PASM)など、今やカレラは金持ちのパーソナルカーとなってしまった。 その証拠に、国内に於けるカレラの85〜90%が2ペダルのTip装着車という話だ。都心に行けば、若くてカッコの良いお姉さんが運転していたりする。 一瞬見とれてしまうが待てよ?ウッカリとお近付きにでもなったら、“怖ぁ〜いパパ”が出てきそうな、何やら危険な雰囲気もある。

コストパフォーマンスで言えば、問答無用でボクスター(2.7)という点では異論は無いだろう。しかし、モアパワーと赤いキャリパー、それにダブルの排気管が欲しければ、 アト100万円出してボクスターS(3.2)だが、トップエンドの気持ち良さと軽快さでは2.7が有利だし、何れにしてもボクスターはオープンだから、それで二の足を踏む場合もある。 そんな現状に、満を持して登場したのがケイマンSだ。走行中に常にキャビンを埋め尽くすエンジン音や走行音と、カレラに比べて遥かにマニアックな挙動はクルマ好きには 堪らない。そしてこのケイマンS(3.4ℓ)が欲しければ、ボクスターSより100マン円也の投資が必要だ。しかし、此れとて剛性感や高回転時の更なる特性を求めれば 後300万円出して、カレラを買うことになる。だが、しかし、ノーマルのカレラ(Tip)ではMTのケイマンSに加速で逆転されるから、あと200万円出して カレラSを買うかという事になり、予算はウナギ登りに上がっていく。ところが、カレラSとて、今や女子供でも運転出来るから、それも気に食わない。やっぱりケイマンSに オプションテンコ盛りにするか?いや、待てよ。ケイマンはボクスターのクーペ版だから、安物、プアーマンズポルシェだから、これまた気に食わない。と、いう具合に ここ2〜3年、自身で経営する中小企業がトントン拍子で、今や怖いものなしの社長さんは、悩みに悩む事になる。

これがクルマ好きのサラリーマンの場合は話は簡単で、ケイマンSの総額900万円という実情は、最初から想定外という事になる。ところが、 ここでもポルシェの商売上手は、そんなユーザーをも容赦はしない。今年の末には廉価版である、“S”の付かないケイマンが発売されるようだ。 噂によれば、価格はボクスターの100万円高で、ボクスターSと殆ど同価格。しかし、エンジンは3.0ℓとあくまでボクスターより割高の設定にするところが 流石はポルシェだ。

最良のポルシェは、最新のポルシェと言われるように、ポルシェは今後次々を魅力的な新型車を追加していくだろう。そして、ドンドンとバックオーダーを抱えて、 これがまた中古車価格の高値を招くという、今のポルシェは我世の春を満喫している。その、戦略にマンマと乗ってしまうのもシャクだが、それだけ魅力的な商品を供給している限りは、 他社は指を加えて見ているしかない。レスサスの内容が実際に欧州ライバルに迫ったか如何かは別にしても、とに角 MBやBMWに対向するブランドと車種を用意して、 本気で戦っていこうという現実に対して、ポルシェの分野は、現在の国産車では全く勝負にならない。 400万円のBMW3シリーズやMBのCクラスをボッタクリだと批判する連中は多いが、ポルシェカレラをボッタクリだという奴は滅多に居ない。 大体、水平対抗のエンジンをリアやミッドシップに置くという構成自体が、世界中見渡しても他に存在しないのだから、これは比較のしようがない。

それにしても、限界を超えた原価低減と、刻々と変る生産数にリアルタイムで対応し、身も心もボロボロになっている日本の自動車業界関係者から見れば、 今年のモデルはもう売り切れ、来年07モデルも早く予約しないと手に入りませんよ、なんていうポルシェの現状は羨ましいなんてものじゃないだろう。 そういえば、20年程前までのMBも、名車と言われるW124(2世代前のEクラス)を発売した頃は1〜2年待ちなどと言われたものだったが。