GMOのハッキング事件の波紋の大きさを見ると、平成ITバブルの成功者の代表のような熊谷氏も、時代の変化には勝てなかったと感じるところだ。高校中退からのし上がり、プライべートジェットなどの派手な生活という、まさに平成IT長者であり、2000年頃に一世を風靡したヒルズ族の代表だった。ところが、最近の令和でのスタートアップといえば、東大博士課程クラスのAI専門家というヒルズ族とは全く異なる属性の人物達の時代になった。
日本のIT・テック業界における「主役の交代」と「求められる資質の構造変化」、平成のインターネット黎明期と令和のディープテック時代の対比とは。
1. 平成ITバブル(2000年代前半)

営業力とスピードの「インフラ開拓期」
熊谷正寿氏をはじめとする当時のIT起業家(いわゆるヒルズ族など)が台頭した時代は、インターネットという「まだ誰も手をつけていない広大な空き地」が出現した時期だった。
• 勝負のルール
ダイヤルアップ接続のプロバイダ事業、ドメイン登録、レンタルサーバー、広告代理店など、技術そのものの発明というよりは、既存の通信インフラや海外のビジネスモデルをいち早く日本市場に持ち込み、圧倒的な営業力と資本移動のスピードでシェアを奪う「陣取り合戦」だった。
• 経営者の属性
学歴や学術的なバックグラウンドよりも、ハングリー精神、猛烈な営業推進力、M&Aによる規模拡大、そして自身の成功を広告塔として派手に見せるプロモーション能力が武器となった。
• 構造的限界(負の遺産)
買収と多角化を繰り返して巨大化した企業群は、グループ内に異なるシステムや古いレガシー環境を抱え込みやすくなる。コスト効率やスピードを最優先して膨張した組織ほど、現代の高度なサプライチェーン攻撃や巧妙化するサイバーセキュリティ脅威に対し、ガバナンスやアーキテクチャの根本的な刷新が追いつかないという脆弱性を露呈しやすい構造にある。
2. 令和のAI・ディープテック時代:学術的専門性と「技術そのもの」の勝負

対照的に、現在のスタートアップ界隈(東京大学の松尾研究室発のベンチャー群やSakana AIなど)が直面しているのは、気合いや営業力だけでは突破できない高度な数理・計算機科学の領域だ。
• 勝負のルール:
大規模言語モデル(LLM)のアーキテクチャ設計、アルゴリズムの最適化、ロボティクスや量子計算など、グローバルな学術論文の最前線を理解し、自ら実装・改良できる「技術の深さ」そのものが参入障壁となっている。
• 経営者の属性
東大をはじめとするトップ大学の博士課程(Ph.D.)取得者や、海外のビッグテック・研究機関で実績を積んだ研究者など、極めて高い専門性を持つアカデミア出身者が中心で、彼らにとってのステータスは、プライベートジェットや派手な交友関係ではなく、「どれほど優秀なエンジニア・研究者を惹きつけられるか」「どれほど強力な計算資源(GPUクラスタ等)と独自データを確保できるか」にある。
時代が突きつける「経営の質」の転換

平成のIT長者たちが作ったのは、いわば「インターネットの土管と商店街」だった。そこではバイタリティあふれる商人が勝者となったが、現在起きているセキュリティインシデントの波紋は、単なる商才や拡大路線だけでは、複雑化しすぎた現代のデジタルインフラを守り切れないという現実を突きつけている。
ハッタリやカリスマ性で市場を切り拓く「商人の時代」から、緻密な論理と高度な技術的裏付けを持つ「科学者・エンジニアの時代」へと、テクノロジー業界の覇権の条件が根本から書き換わったと言える。