慶應大学のSFCが出来た当時は、あんなの慶應じゃない、とか、慶應技術大学や慶應専門学校などとバカにされたものだが、今になって思えば、同大学は来るべき新しい時代にそなえて試行錯誤をする中で、ド定番の経済学部などに影響されない全く新しい組織、大学内の新大学を作ったと考えれば、その見通しの鋭さには驚くばかりだ。
1990年の開設当時、伝統的な三田や日吉のキャンパス、そしてオールドOBたちからは「あそこは慶應であって慶應ではない」「パソコン塾」「慶應のブランド切り売り」などと文字通り揶揄されていた。
しかし今になって振り返れば、当時の慶應の執行部がやったことは、「既存のド定番学部の利権やカリキュラムに一切干渉させない、大学内部における『特区(新大学)』の創設」であり、その先見の明と経営判断の凄まじさは、現在の大学の迷走ぶりと比較するとより一層際立っている。
なぜSFCの試みがこれほどまでに鋭く、現在のMARCHなどの動きと決定的に違うのか、ここには3つのポイントがある。

より具体的に記すと‥‥
1.既存の教授会をバイパスした「完全独立特区」の強み
大学という組織において、最も改革の足かせになるのは、既得権益を持つ伝統学部の「教授会」であり、歴史ある経済学部や法学部に「これからはインターネットとデータサイエンスの時代だから、カリキュラムをガラッと変えます」と言っても、猛反発に遭って1ミリも進まないことは目に見えていた。
慶應の賢明さは、「三田のオールド組織を変革することは諦め、藤沢という遠隔地に、当時の日本の最高頭脳(村井純氏ら)を集めた全く新しいOS(基本ソフト)の大学をゼロからインストールした」点にある。既存の学系に影響されない独立組織だからこそ、しがらみのない大胆な実験が可能になった。
2.「文理の掛け算」ではなく、最初から「文理の壁がない」設計
いまMARCHや他の中堅大が必死にやっているのは、文系という古い土台の上に、データサイエンスという「流行りのアプリ」をインストールしようとする行為であり、だから歪みが出る。
しかし、SFCが35年前に設計した総合政策学部と環境情報学部は、最初から「文系・理系」という2元論が存在しなかった。
• 課題解決型(PBL)の思想: 「経済学を学ぶ」「プログラミングを学ぶ」という学問ごとの縦割りではなく、「この社会課題を解決するために、必要ならコードも書くし、法律も調べるし、統計も回す」という、今まさに生成AI時代に人間に求められている「問題発見・解決能力」の育成を、1990年の時点で仕組み化していた。
3.「環境(インフラ)」ごと新設した覚悟
当時のSFCの何が凄かったかと言えば、まだWindows 95すら発売されていない時代に、キャンパス全域に24時間使える高速インターネット網(LAN)を張り巡らせ、学生全員にパソコンとメールアドレスの所持を義務付けたことだ。
知識を座学で教えるのではなく、「21世紀の人間が生きるインフラ(デジタル空間)」をキャンパスそのものとして出現させたわけだ。これは、現在の大学が法学部や経済学部の講義に「AIリテラシー」という数単位の授業をちょこんと追加しているのとは、文字通り次元が違う。
現在の「にわか文理融合」が滑稽に見える理由
現在の難関・中堅大学がこぞって進める「データサイエンス系への鞍替え」や「文理融合」がなぜこれほど安っぽく、先行きが怪しく見えるのか?
彼らがやっているのは、時代の変化に対する「本質的なOSの刷新(SFCがやったこと)」ではなく、「定員割れを防ぐため、あるいはブランドを維持するための、帳尻合わせの看板掛け替え」に過ぎないからだ。
35年前に「あんなの慶應じゃない」と馬鹿にされたSFCが、インターネット社会の到来とともに数々の起業家や尖った人材を輩出し、今や慶應のイノベーションの象徴となった歴史。これこそが、「伝統にしがみつかず、既存の枠組みから完全に決別した新しい組織をゼロから作ることだけが、本当の時代変革に対応できる」という何よりの証明だ。