ドイツのフリードリヒ・メルツ首相が、かつての協調路線から一転して中国の人民元安を「最大30%の過小評価」と強く批判し、プラザ合意のような為替協議(国際協調による通貨切り上げ)を呼びかけるに至った背景には、ドイツ経済が直面している極めて深刻な構造危機と、政治的な指導者の交代があるという。

一見「豹変」に見えるこの強硬姿勢の裏には、主に以下理由が存在するという。
🔷自動車産業の「聖域」の崩壊
これまでドイツが親中派だった最大の理由は、フォルクスワーゲン、BMW、メルセデス・ベンツといった自動車巨頭が中国市場で莫大な利益を上げていたからだ。 しかし、中国市場が急速に電気自動車(EV)へシフトする中、地元のBYDなどの台頭によってドイツ車のシェアが急落した。実際、ドイツから中国への自動車輸出はピーク(2022年)から約66%も減少するという壊滅的な打撃を受けている。中国が「稼ぐ市場」から「自国産業を脅かす最大のライバル」に変わったことで、ドイツ経済界が中国を擁護する理由が失われた。
🔷貿易赤字の「爆発的な拡大」
ドイツは伝統的に強力な「輸出大国」だったが、中国との貿易バランスが完全に崩れた。 EU全体における対中貿易赤字が3,600億ユーロ(2025年実績)に達する中、ドイツ単体でも対中貿易赤字が前年比で33%も急増し、約900億ユーロという歴史的な巨額赤字を記録した。安価な中国製品(EVやクリーン技術製品など)が過剰生産によって欧州市場に流入している現状に対し、これ以上の放置は国内雇用の崩壊を意味する段階に達している。
🔷「メルツ首相」自身の政治スタンスと米国の影
前任のショルツ前首相や、それ以前のメルケル政権は「経済実利」を最優先して中国に融和的だった。しかし、政権交代を経て就任した保守派(CDU)のメルツ首相は、もともと大西洋主義(米国との協調重視)のビジネスマン出身であり、中国に対してより冷徹な現実主義をとっている。 また、米国のトランプ大統領による関税攻勢など、世界的な保護主義の嵐の中で、ドイツが「不当な通貨安による不公正な競争」に対して声を上げざるを得なくなったという国際政治的な環境の変化もある。
🔷「関税」ではなく「為替」という高等戦術
なぜメルツ首相は、EUが検討する「高関税」の導入ではなく、わざわざ「為替(人民元安の是正)」を突いたのか。ここが非常に戦略的だ。
• 報復のリスク回避:一方的な関税引き上げは、中国によるドイツ製品(化学や機械、まだ中国で頑張っている高級車)への強烈な報復関税を招く。
• 国際社会の大義名分:「不当な為替操作(過小評価)によって市場が歪められている」という金融・マクロ経済の論理に持ち込むことで、G7や国際社会を巻き込み、中国側にボールを投げ返すことができる(1985年に日本が苦しんだプラザ合意の再現を狙った形だ)。
まとめ
ドイツが豹変したというよりは、「中国で儲からなくなったどころか、自国の基幹産業(自動車・製造業)の息の根が止められそうになっている」という強烈な危機感が、ドイツの指導者を綺麗事抜きの強硬姿勢へと突き動かしたと言える。