千葉科学大学の経営を引きついでも極めて厳しい路が待っている


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千葉科学大学の経営を引き継いだエナジックグループ だが、従来に無い手法で切り抜けるといっているが、 そうは言っても少子化で大学生自体が減りつつある現状で、有名大学ですら存続をかけた大改革を行っている今、大学経営の素人が不人気全入大学に手を出して成功するとも思えない。

現在の大学市場は、MARCHクラスの有名私大ですら「女子大の共学化」「キャンパスの都心回帰」「データサイエンス系の新設」など、生き残りをかけて血の滲むような大改革を迫られている時代であり、少子化のスピードが全大学の経営努力を上回るなかで、お世辞にも立地が良いとは言えない地方の定員割れ私大を、畑違いの「純民間企業(の教育法人)」が引き受けて黒字化できるのかという疑念は、教育界や経済界でも共通して持たれているという。

専門家の間でも「極めて無謀な挑戦」「勝算が見えない」とされる中で、なぜ大城学園(エナジック)がこの「不人気全入大学」に手を出したのか、彼らが信じる(あるいは賭けている)民間特有のロジックとリスクとは‥‥

1.「大学経営の素人」だからこそ狙う、ニッチな逆張り
既存の学校法人が千葉科学大学を見捨てた(引き受け手がなかった)のは、「一般的な大学経営の教科書」に照らせば100%赤字破綻するからだ。しかし、大城学園(エナジック)はそもそも「一般的な日本の大学市場」で戦う気が最初からない可能性がある。

• 「沖縄一極集中」の異常なアドバンテージ:日本全体は猛烈な少子化だが、沖縄県は全国で唯一「出生率」が群を抜いて高く、若者人口の比率が高い地域だ。一方で、沖縄県内には私立の総合大学が非常に少なく、進学先の選択肢が限られている。エナジックは地元の圧倒的な知名度とネットワークを使い、「沖縄の受験生市場」を独占的に囲い込むという極めて局所的なニッチ戦略を狙っている、という。

• 「国公立並みの学費」という価格破壊:有名私大のブランド力には勝てなくても、「学費が半分以下(国立並み)」となれば、経済的理由で進学を諦めていた層や専門学校に流れていた層にとって、強力な選択肢になる。ブランド競争ではなく、価格と実利(国家資格の取得)のニッチ市場に特化する戦略だった。

2.「エナジック」という特殊なグローバル企業の計算
一般的な大学経営者は「授業料収入」と「国からの助成金」だけで収支を計算するが、エナジックは世界100カ国以上に拠点を持ち、数百億円規模の売上を誇る直販(マルチレベルマーケティング要素を含むネットワークビジネス)のグローバル企業で、ここには、通常の教育者にはない経営思想があるという。

• 企業ブランディングと「出口(就職先)」の自社抱え込み:エナジックの創業者である大城博成氏は、沖縄の経済界で強大な影響力を持つカリスマ経営者で、同社にとって、4年制大学、それも「危機管理」や「薬学・看護」といった社会的信用の高いカードを傘下に持つことは、グループ全体の社会的ステータスを爆発的に高める。

• 「アジアからの留学生」の自社ビジネス化:同社が狙う「グローバル展開」は、単なる留学生集めにとどまらず、「東南アジアなどの優秀な若者を千葉科学大で学ばせ、卒業後はエナジックの海外拠点の幹部候補として雇用する」という、企業内大学(コーポレート・ユニバーシティ)に近い循環構造を作ることだ。これが機能すれば、大学単体の赤字はグループ全体の「人財投資・マーケティング費用」として相殺できる。

3. 最悪のシナリオ:数年後の「撤退・縮小」という民間割り切り
既存の伝統的な学校法人は、世間体や歴史があるため「学部を潰す」「定員を減らす」という決断に何年もかけ、その間にジリ貧になる。しかし、民間企業をバックに持つ法人は、見切りをつけるスピードが圧倒的に早いという特徴がある。

現在の「学部・雇用をすべて維持する」という約束は、あくまで「加計学園から経営権をスムーズに割安で譲り受けるための手切金(入場料)」に過ぎない、という冷徹な見方もできる。

民間流のタイムリミット:「3年〜5年」と期限を区切り、沖縄・海外からの集客や企業連携が目標に届かなければ、彼らは容赦なく「約束の期間は過ぎた」として、不採算学部の募集停止や、定員の縮小、最悪の場合は大学の民事再生や別組織への売却へと舵を切るだろう。

結論として、成功するのか?

結論から言えば、「日本の一般的な私立大学」として再生させようとするなら、高確率で失敗すると言わざるを得ない。立地の悪さと少子化という構造的欠陥は、精神論や小手先の工夫で覆せるものではないからだ。

彼らが成功する唯一の道は、千葉科学大学を「日本の受験生に向けた大学」から、「エナジックグループのグローバル人材養成所 兼 沖縄特化型カレッジ」という、全く別の異形のものに変貌させることだ。

これは大学経営の「プロ」には絶対にできない、そしてプライドが邪魔してやらない手法で、この「素人の狂気」とも言える異質なアプローチが、奇跡的なバグを起こして地方大学の新しい延命モデルになるのか、あるいは民間企業の冷徹な撤退劇で終わるのか。ここからの数年は非常に厳しい綱渡りになることは間違いない。