Porsche Cayenne Turbo (2011/1) 後編 ⇒中編へ戻る


ポルシェというブランドから想像すると、アイドリングは静かで振動もないが、1,500万円の高級SUVと考えれば、国産のV8エンジン搭載車のように無音というわけでは無い。 要するにアイドリング中も僅かではあるがエンジンは、その存在を主張しているかのようにアピールする。パナメーラと共通のセレクター (写真51)を手前に引いてDレンジに入れるが、その操作感覚はポルシェらしく工作機械のようにカチッとしている。 正面のメータークラスタには、これまたパナメーラと共通の5連メーターが目に入る(写真53)。何時も感じるのはポルシェのメーターというのは実に見やすく、ドライバーの気持ちになって開発されていることに感心する。 駐車場から出て狭い裏道を少し走り、次に地方道を500m程走るが、久々の左ハンドル(LHD)と、全幅1,930mmの巨体に慣れるまでは慎重にクルマを走らせる。

4車線バイパスに出て、ちょっと踏んでもアクセルレスポンスの良さを、というよりも低域からの強大なトルクを感じる。巡航中に回転計を見ると、その指針は1,200rpm程度を指している。 こんなアイドリングに毛の生えたような回転数からでも、軽くスロットルを踏めば実用的には充分な加速が得られる。10分程してLHDの感覚を体が思い出したところで、前が空いた状況を見計らってハーフスロットルを踏んでみると、それでも キックダウンもせずにグイグイを加速する。 今度は、2/3程度のスロットルを踏んでみると、結構素早いシフトダウンと共にあっという間に必要な速度に達してしまった。4.8L V8ツインターボ 500ps、700Nmという強大なパワーとトルクは、たとえば同じ500psでも自然吸気で高回転形のM5とは根本的にトルク感が異なる。 なお、加速中のエンジン音はポルシェといっても水平対向6気筒とは全く違うV8のビートを伴った音だが、排気音よりもメカ音の方が目立つようだ。そのメカ音は決して悪い音ではないが、911のような精密機械が回っている音とは違う。
 


写真52
全幅1,940mmの巨体は狭い道や工事中の車線規制などでは、左右の幅方向に余裕は殆どない。
 

 

写真51
パナメーラーと共通のATセレクターだが、パナメーラのPDKに対して、カイエンはティプトロニック(トルコンAT)となる。
 


写真53
中央に大径の回転計を配した5眼メーターはパナメーラとほぼ共通。ただし、パナメーラは正面の回転計のみがグレーの盤面となっている。
 

 


写真54
左の二つのメーターは中央寄りから少し小径の速度計(FS300km/h)と左端は更に小径の水温および油圧のコンピメーター。
 

 


写真55
中央の大径メーターは回転計とミッションの状態を表示するインジケータ、そしてデジタル速度計。
 

 


写真56
右の二つのメーターは中央寄りから少し小径のディスプレイで各種情報の他にデジタルメーターとしても使用できる。右端は更に小径の油温および燃料の アナログコンビメーターとなる。
 

 

この性能を思い知らされると、これはもう一般道では確認のしようがないので、一路高速道路へと向かう。料金所のゲートに近づくと何やら いつもよりゲートが狭いような錯覚に陥るが、これはLHDで全幅 1,930mmという広幅ボディが原因だろう。 お陰で規定どおりに20km/hでETCゲートに進入し、ゲートが開いて通過してから真横にクルマがいない事を確認してからいよいよ加速するのだが、この料金所はゲートを出たら直ぐに本線なので、20→100km/h加速が可能となる。 そこで一気にフルスロットルを踏むと、キックダウンでシフトダウンが起こったと思ったら、上体がバックレストに強烈に押し付けられた。回転計と速度計の針はあっという間に100km/hに達してしまった。

当日は日曜日の昼前というこで、片側3車線の高速道路とはいえ、結構混んでいた。それでも前が空いた瞬間を狙って、80km/hからフルスロットルを踏んでみると、これまた強烈な加速とともに、前車がどんどんと迫ってくる。 前述のように、日曜日の高速道路の込み具合から、気が付いたらトンでもなくヤバイ速度に達していたという事はなかったが、この雰囲気からすれば、法さえ許せば200km/h巡航なんて楽勝だろう。 そういう意味では、日本でカイエンターボの威力を発揮できる道は殆ど無いという意見は正しい。しかし、一瞬とは言え胸のすく加速に、その価値を見出す事だって出来る。まあ、この辺は個人の感覚の問題でもあるが。

カイエンターボは最近流行のDCTタイプ(ポルシェならPDK)ではなく、コンベンショナルなトルコン式の6速ATを塔載している。マニュアルモードはフロアーセレクターをDから左へ倒し、変速操作はポルシェ独特のステアリングスポークに組み込まれたスイッチを使う。 このスイッチは左右とも同じ動作をし、押してアップ、引いてダウンと言う世間の大勢とは逆になっている。これは慣れないと結構使い辛いし、ポルシェも極最近では右でアップ、左でダウンと言うレーシングスタイルのパドルスイッチを911ターボなどの一部モデルでは標準に、その他のモデルでもオプション設定しているが、カイエンには未だ設定されていないようだ。 ところで、トルコン式の場合にどの程度のスリップがあるのかを確認しようと思ったが、トルクがありすぎてトルコンスリップなのかロックアップして強烈な加速中なのか判らないという結果になった。

このマニュアルシフトのレスポンスは、同様のシステムを塔載していたフェーズ1のカレラと同じで、トルコン式としてはもっとも迅速に動作する。 そして実際にマニュアルでシフトダウンしてみたが、この強大なトルクのエンジンではマニュアル操作でシフトダウンしてさらに強力な駆動力を選んだところで、殆ど無意味な動力性能になるだけで、あまり意味が無いことが判った。 なにしろ、一般道では一踏みでヤバイ速度に行ってしまうし、高速道路だって、あっという間に通称”ふわわ”くらいは行ってしまうだろう。

カイエンにはアイドリングストップ機能が装備されていて、コンソール後端のスイッチでON/OFF出来る。車重2.2トンのV8 4.8Lツインターボに乗って、アイドリングストップでエコも無いだろうが、試しにONにしてみると、その動作は実に安定していて不安が無い。 まあ、予算の厳しいコンパクトカーと違って、価格が10倍もするカイエンターボだから、センサーだって金掛け放題で、上手く動作して当然ではあるが。
 


写真57
500psのパワーは2.2トン超のボディーに強烈な加速を与えるから、ちょっと踏むとアッというまにヤバイ速度に到達する。いや、その前に前車に追いついて減速を余儀なくされる が。
 

 


写真58
ステアリング上のマニュアルスイッチのパターンは、911フェイズ2から採用されたタイプで、押してアップ、引いてダウンと使い辛いパターンだ。
 

 

最初に走り出した瞬間に、強大なトルクと共に感じたのは、ポルシェというブランドとは全く異なる軽い操舵力だった。ちょうど国産のEセグメントセダンのように、軽くて妙にクイックだった。このクイックさは、本来のポルシェのリニアーなクイックさではなく、何やら作られた特性を感じてしまう。 逆に言えば、レクサスLSなどのユーザーでも違和感はないかもしれない。この軽いステアリングは、狭い道でのすれ違いや右左折でグイッと曲がる必要がある時に、片手でヤッと回すとバカデカいボディがクイっと頭を振ることで、見かけの割りに取り回しが良かった。 そういう訳で、大柄なSUVのステアリングとしては決して悪くは無いが、パナメーラのように911などのスポーツカーに通じた、如何にもポルシェらしい操舵感を期待すると文句 を言いたくなるかもしれない。 ただし、ターボは基本的にアンダーステアとなる4WDであることも考慮に入れる必要はあるが。

カイエンターボのサスペンション設定は3つのモードが選択できる。マイルドな順でいえば、コンフォート/ノーマル/スポーツで、コンソール上のスイッチで切り替える。まずはノーマルで乗ってみると、基本的には硬くてカチっとした乗り心地はポルシェらしいものだし 、路面の凸凹には多少の突き上げはあるが、カレラ程ではないにせよ高い剛性感のボディと共に大柄な重量級ボディの助けも借りて、欧州車に慣れたドライバーなら結構乗り心地は良いと感じるだろう。 次にコンフォートを選ぶと、ノーマルよりわずかに柔らかくなった事が感じられ、路面の凸凹では極僅かなピッチングも感じるが、気にしなければ判らない程度だ。しかし、ステアリング操作に対するボディの動きは明らかにマイルド、というか低下する。そしてスポーツに切り替えると、当然ながらノーマルより硬くシャキッとするが、それでも決して不快ではない。 ボクスターもカレラもPASM付きの場合は、スポーツを選択すると殆どサーキットモードというくらいに硬くなり、とても一般道で使う気にはならないが、カイエンターボのモード切替はそれぞれ多少変わるくらいで、明らかな差で はない程度の設定となっている。ということで、その後の大部分の試乗はノーマルを選択した。

ホイールから覗くキャリパーはポルシェお馴染みのブレンボ製アルミ対向ピストンで、フロントが6ポット、リアが4ポットとなる(写真61)。試乗したターボはキャリパーが赤く塗装してあるが、これがV8自然吸気のカイエンSではシルバーとなり、V6のカイエンでは黒アルマイトとなる。実際に制動してみると軽い踏力で食いつくように効くという、まるでBMWのようなポルシェらしからぬ特性に戸惑う。 パナメーラもポルシェとしては軽い踏力だったが、カイエンターボはそれ以上に軽い。この効きは恐らくパッドが高速・高負荷特性よりも効きの良さを重視した選定なのだろう。言い換えれば911系はもとより、ボクススター/ケイマンと比べ ても、スポーツ性では劣るパッドを使っている訳で、これはポルシェがカイエンの位置付けを、そのように考えている事の証だろう。まあ、カイエンでサーキット走行会に参加する事は無いだろうから、問題は無いと思うが。

写真57
V8 4.8ℓ ツインターボエンジンは500ps/6,000rpm、700Nm/
2,250〜4,500rpmという強烈なパワー&トルクを発生する。
 


写真58
カバーには”turbo”の文字が。

 


写真 59
先端には”4.8”と”V8”の鋳出し(盛上げ)文字とその後方jには”DIRECT FEAL INJECTION”の鋳込(凹み)文字がある。
 

 


写真 60
前後とも265/50R19タイヤが標準となる。
 

 


写真61
ポルシェお馴染みブレンボ製のアルミ対向ピストンキャリパーを使用している。フロントが6ピストン、リアが4ピストン。特にフロントキャリパーは現物を見るとバカデカい。
 

 

クルマは概ね700〜800万円クラスになると、一般的な個人ユースではほぼ完璧、もうこれ以上何を望むと言うくらいになってくる。しかし、1千万円の壁 を超え、さらに1,500万円クラスとなると、これはもう次元が違う何かが付加されてくる。 人間の欲望は限りないから、一度この世界へ足を踏み入れてしまうと、チョッと厄介な事になるが、それでも実際にこのクラスのクルマを買う財力があれば、それはそれで十分な満足を得られるだろうし、オーバーに言えば一生忘れない人生経験になる。 な〜んだ、地獄の沙汰も金次第かぁ、なんて思っているアナタ。そう、このサイトでは度々言ってきましたが、これが世の中の現実なんですよ。