Mercedes Benz E300 AVANTGARDE (2009/9) 後編 前編へ戻る


ある時期からチャチになったメルセデスも今回は質実剛健でいて豪華さもある本来のEクラスらしいものになった。
BMWとはまた違うセンスで、どちらを選ぶかというユーザーの選択肢も増えたことになる。
 

試乗にあたってエンジンは既に掛かっていたが、トヨタの高級車のようにエンジンが回っているか否かが判らない程の無音ではないものの、適度なアイドリング音は聞こえても高級車の雰囲気を損なうことは無いから、いかにもメルセデスという感じだ。新型はATセレクターがコンソール上から姿を消して、ステアリングコラム右に生えた小さなレバーとなった。 何やら先代のBMW7シリーズみたいだが、7シリーズは今回からセレクターをコンソール上に戻ったのに、Eクラスはその逆を行った事になる。そして、ATセレターが引っ越した跡地にはCOMMANDセレクターと呼ばれるダイヤルが新たに居座っている。これは言ってみればメルセデス流のiDRIVEで、ATセレクターといいコマンドセレクターといい、数年前のBMWに追いついた(?)かたちと成ったのが何とも情けない。 メルセデスのプライドに掛けて意地でもBMWの後追いなんてするべきではないし、それでこそメルセデスなのだが、クライスラーの吸収という大失策をやらかしたダイムラーには、プライドを貫く余裕なんて無いのかもしれない。

ブレーキペダルを踏みながら右手の指先でATセレクトレバーを下に2クリック下げるとDに入る。実はこのレバーをBMWの電子セレクター(場所はフロアー上だが)の感覚で一度押して離し、もう一度押したのだが、Dには入ら なかった。そこで一気に 2クリック動かしたら正面のディスプレイは見事にDを表示した。 そして、押していた手を放すと、レバーは中立位置に戻る。これも慣れの問題だろうが、今まで無かった方式だから最初はまごついてしまう。

やっとDをセレクトできたところで早速走り出してみると、低速から充分なトルク感があり、以前試乗したE300ワゴン(W211)とは基本的に同じエンジンであることが信じられないくらいだ。エンジン音はV6のビートを適度に聞かせるような演出で、これはクルマというものは走っているということをドライバーやパッセンジャーに知らせるべきたというメルセデスのポリシーのようだ。 フルスロットルを踏んだときの音も適度だがはっきりとエンジン音が聞こえ、これは決して煩くないが静かでもない。メルセデスは以前からATミッションを自社開発していて、W123の時代から性能には定評があった。E300(W212)のミッション(とエンジン)は基本的に先代W211のキャリーオーバーだが、シフトアップ、ダウンはスムースだし、いざと言うときのキックダウンも適度のタイムラグで確実に作動する。 お陰で何にも考えずに右足の操作だけで思い通りにクルマが走るから、マニュアルモードなんて必要は無いが、勿論可能だ。マニュアルモードへの移行はステアリング裏のパドルスイッチでアップかダウンの操作をすることで可能となり、アップを数秒間以上引くことで解除される (Dモードに戻る)。したがって、ATセレクターにマニュアル選択用のポジション等は無い。 このバドルは右がアップで左がダウンというF1スタイルのオーソドックスなものだから、BMWのように独自方式よりも使い易い。マニュアルモードを少し使ってみたらトルコンATとしてはレスポンスは充分だから結構使い物にはなる。とはいえ、このクルマにはマニュアル操作は似合わないし、必要もないだろう。

最初にディーラーの駐車場から段差を超えて公道に出たとき、車は多少左右に揺れたが一度でピシッと止まったから、サスのセッティングは軟らかいがダンパーはシッカリと効いている感じがする。したがって路面の状況に関わらず乗り心地が良くしかもフラットという、出来の良いサスの典型的な乗り心地を示している。 20年くらい前の話だが、さる中小企業の社長が業界の集まりでベンツが最高だという話を聞いて、早速ヤ○セに電話して会社にセールスを呼び付けたところ、試乗車としてEクラスを持ってきた。そしてそのクルマを運転した社長は開口一番、なんだこの乗り心地の悪さは。こんなクルマに乗れるか!とボロクソ言ったそうだ。 それに内装もチャチだし、あれでクラウンの2.5倍もするなんて、と怒り狂ったそうだ。その当時から見ればクラウンの足も硬くなったし、逆にEクラスは結構柔らかくなっているから、この新型E300に町工場の社長が試乗したとしても、少なくとも何だこの乗り心地の悪いのは、なんて怒ることは無いだろう。 いや、その前に今では息子が社長となっていて、その息子は職工から叩き上げた親の苦労も知らずに、3流とはいえ中学校から 通った大学の付属校で、同級生の本物セレブのバカ息子に国産車はチンケで ゴミ以下、クルマは欧州車に限ると仕込まれているから、メルセデスなんてすんなり受け入れるだろう。 ただし、Eクラスを買ってもそれで親会社に行ってはまずいが。そんな時には客先対応用としてマークXでも買っておこう。


写真14
センターに大きな速度計と左に時計、右に回転計というEクラス独特のメーター配置は変わらない。

 


写真15
ATセレクターはコンソール上からステアリングコラム右側レバーへと引越しした。

 

写真16
コンソールにはCOMMANDコントローラーというBMWのiDRIVEそっくりなダイヤルがある。メルセデスがライバルをパクるのは珍しい。

    

 

写真17
ボンネット中央先端のスリーポインテッドスターは上部2/3以上がハッキリと認識できる。このマークは単なる飾りではなく車両感覚を得るのに実に有益だし、何よりメルセデスを運転している事実をドライバーに思い出させる。

メルセデスのステアリング系といえばW124まではトロイのを承知で安定性重視のりサーキュレーティング・ボール式を採用していたが、W210からはラックアンドピニオンに変更され ている。 それでもBMWと比べるとまだまだ大人しい味付けだったが、それでも徐々にスポーティー指向にはなってきた。今回のW212ではダイレクトステアリングという操舵角に対する可変レシオを採用している。言ってみれば、これもBMWのアクティブステアリングの路線だから、 5シリーズの後追いとなってしまった天下のメルセデスの凋落は否めない。 そのステアリングはといえば、ハンドリングも弱アンダーで実に安定しているから、その気になれば結構振り回せるが、BMW5シリーズのように異様にクイックな特性と比べると実に大人しい。まあ、5シリーズも毎年の改良により年毎にマイルドな操舵特性となってきたが、それでもBMWとメルセデスはやはり違う。 今回久々にEクラスに乗って何より感じたのは、運転していてこれ程精神的に安心で楽チンなクルマは滅多に無いと言う事実だった。クラウンだって楽チンだし、最近は安定性だって良くなったが、Eクラスは根本的に違う何かがある。これがCクラスとなると3シリーズを意識して、結構スポーティな味付けにしているが、やはりEクラスのオーナー はこの安心感を求めているのだろう。

Sクラスに比べればコンパクトとはいえ、Eクラスは決して小さい車ではない。そのわりには取回しが良いのは、ひとつにはフロントサスのジオメトリー(リンクの位置関係)が特殊でフルステア時の前輪の切れ角がものすごく大きく、思いの外小回りが効くことによるからだ。 そしてもう一つはボンネット先端中央にオッ立っているスリーポインテッドスターのマスコットが幅方向のマーカーになって、これまた実に運転し易い(写真17)。さらに このマーカーは常にメルセデスを運転しているという優越感のオマケもある。そういえば、三十年程前に始めて友人の所有するS123(300TD)を運転したときにも、ボンネット中央に見える マスコットやステアリングのセンター、そしてセンタークラスタなどいたる所にあるスリーポインテッドスターに感動したものだった。

W211のブレーキは当初SBCというブレーキバイワイヤー方式を採用していた。ブレーキバイワイヤーのワイヤーとは電線のことで、ブレーキの作動をメカではなく電気的に伝える方式を意味する。このワイヤーというのをワイヤーロープと勘違いして、駐車ブレーキのことだと思っている人が 居たりする。まあ、このサイトの読者には居ないだろうが、とんだ恥をかく事に成るので注意しよう。 その手の話だと、左ハンドルのことをLHD(Left Hand Drive)と表すが、これを左ハンドルの略だと思ってLHと書いている人がいるが、これもまた大恥となる。車の場合左側をLeft Hand、というから、左側で運転するという意味なのだが・・・・。
 
おっと、話が逸れてしまった。このSBCシステムには根本的な欠陥があり結局リコール(それも2度も!)となり、遂には後期型からオーソドックな マスターシリンダーの方式に変更された。SBCの不具合というのは走行中に突然警報が出て、直ぐに左に寄せて停車するようにメッセージが出るようで、この時にはSBCが緊急モードとなるために非常用の小型のマスターシリンダーで制動する事から、目一杯踏んでも約0.3G(殆ど雪道程度)の減速度しかでない 。これは普通のユーザーからみるとブレーキが効かなくなったに近い感覚で、これが高速道路走行中なら正に九死に一生を得るといっても大げさでは無い状況に陥る。 メルセデスが諦めたフルエレキのブレーキはレクサスでは既に実用化されており 、低価格のモデル以外(IS350以上)は全てブレーキバイワイヤを使用している。やっぱりエレキは日本に限る! そして、W212のフィーリングはというと、W210までの殆ど遊びがなくてズッシリと重いフィーリングに大分戻ったという感じがした。W211の場合は前期のSBCはフルエレキという性質から遊びは全くなく基本的にストローク制御だったのが、中期モデルからのSBC廃止により、そのフィーリングはBMW的に最初に 軽くて長めの遊びがあって、そこから先はガツンと効くタイプになっていて、正直言って「こんなのはメルセデスのブレーキじゃない!」と言いたくなる有様だった。

写真18
3.0ℓのE300と3.5ℓのE350は基本的に排気量が違うのみで、シリンダーブロック等の基本は同じ。
写真はE350、LHDのもので、向かって右側にマスターシリンダとブレーキ液のリザーバータンクが見える。


写真19
前後とも245/45R17タイヤが標準となる。

 


写真20
一見対向ピストンに見えるが良くみれば片押しのフロントキャリパー(左側)は初めて見るタイプだ。リアは普通のシングルピストンの片押し。
 

 

E300のライバルといえば誰が何と言ってもBMW530iということになる。先代5シリーズ時代まではEクラスの方が格上という世間の常識があり、価格も5シリーズ のほうが安く設定されていた(しかもEクラスの原則値引きなしに対して大幅値引き付き)が、今では対等となったことから価格も何とピッタリ同じ!それでは国産車のライバルはといえば、これはやはりクラウン を選ぼう。いや、レクサスGSだろうという意見もあるだろうが、GSは個人経営者の仕事の足となっている例がクラウンより圧倒的に少ないようだ。まあ、販売台数自体(2008年、クラウンロイヤル&アスリート:53,989台、GS:4,069台)が大きく異なるのだから当然だが。
あれっ、アウディA6が無いじゃないか!と言いたいアウディオーナー(もしくはファン)のあなた。まあ気持ちは判りますが、アウディといえばA3でしょう。まあ、100歩譲ってA4でしょうか。A6となると、Eと5に比べてチョッと○○のような気がするんですが。 
 
    Mercedes Benz Mercedes Benz BMW TOYOTA
      E300 AVANTGARD E300 AVANTGARD S 530i CROWN 3.0ROYLAL
SALOON G
  車両型式   212054C(W212) 211054C(W211) NU30 GRS202
寸法重量乗車定員
全長(m) 4.870 4.880 4.855 4.870
全幅(m) 1,855 1,820 1,845 1.795
全高(m) 1,455 1.465 1,740 1.470
ホイールベース(m) 2.875 2.855 2.890 2.850
駆動方式 FR
  最小回転半径(m)   5.3 5.7 5.2
車両重量(kg)   1,710 1,700 1,650 1,630
乗車定員(   5
エンジン・トランスミッション
エンジン型式   272M30 N52-B30A 3GR-FSE
エンジン種類   V6 DOHC I6 DOHC V6 DOHC
総排気量(cm3) 2,996 2,996 2,994
  最高出力(ps/rpm) 231/6,000 272/6,650 256/6,200
最大トルク(kg・m/rpm) 30.6/5,000 30.6/2,750 32.0/3,600
トランスミッション   7AT 6AT
   燃料消費率(km/L)
(10/15モード走行)
  9.6 9.1 9.4 11.8
サスペンション・タイヤ
サスペンション方式 3リンク 4リンク ストラット ダブルウィッシュボーン
マルチリンク インテグラル・アーム マルチリンク
タイヤ寸法 前/後 245/45R17 245/40R18
265/35R18
225/50R17 215/55R17
ブレーキ方式 前/後 Vディスク/Vディスク Vディスク/ディスク
価格
車両価格 780.0万円 780.0万円 780.0万円 528.0万円
備考   先代モデル 標準でHighline相当  

10年前にEクラスや5シリーズとクラウンを比べるなんていうのは、もう「チャンチャラ可笑しくってへそで茶を沸かす」というヤツだったが、いまでは横並び比較しても決して恥をかかないくらいには、国産車も進歩したことになる。今更言うまでも無いが、スペック上では同クラスにも関わらず、輸入車は国産車の5割り増し。いや、まてよ、クラウンではなくてレクサスで比較するとGS350 VersionIは593万円となり、これだとEと5は3割増しとなる。
ちなみにクラウンが劇的に進歩したのは ご存知のとおりゼロクラウンからで、広いトレッドや大径ホイールによるブレーキの大容量化など各部の基本設計からの変更により、欧州車的になったからだ。日産もセド/グロからフーガになって同様の変化があった。

本当に良いクルマと言うのは走り出した瞬間に、おっこれは!と直感するもので、そういうクルマは過去にそれ程はなかった。例えば、先代(E65)745i、旧セルシオなどがそうだった。それで、今回のE300はどうかといえば、久々に走り出した瞬間に良さを感じたクルマだった。 国産至上主義の人たちも一度はEクラスに乗ってみて、それでも国産車の方が上だと思うならそれも良いだろうが、普通は国産車には無い良さを感じると思う し、クルマ好きなら、その違いを知ってショックを受けるかもしれない。ただし、メルセデスの試乗というのは 敷居が高いというか、ディーラー自体の体質が未だに排他的な傾向がある。 そういう面ではBMWの方が一般的に試乗はし易いと思うが、地方によったり、経営母体によってはメルセデス以上に敷居を高くしている場合もあるらしい。 えっ、クラウンも試乗させてもらえなかったって?まあ、確かにディーラーはクルマを売ってナンボだから、如何考えても買いそうもない客に試乗させる程 の余裕はないのも理解できるのだが。  

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