Porsche Cayman S  (2011/5) 前編


1970年発売のポルシェ914はVWと共同開発・製造したミッドシップエンジン(以下MidEng.)市販車であるが、意外と人気はなくて、結局は1976年に販売が終了して、その後はポルシェの市販ミッドシップエンジン車はボクスター(986)が発売される1995年までの約20年間も不在だった。 更に、MidEng.の市販クーペとなると何と2代目ボクスター(987)ベースで2005年に発売されたケイマンが、実はポルシェ初の市販(量産)MidEng.クーペだったから、その歴史は数年足らずということになる。本来、運動性能を最重要視するはずのMidEng.スポーツカーに、剛性面では明らかに有利なくーぺボディを与えなかった理由というのは、どうも、その挙動の唐突なことが原因のようだ。 すなわち、エンジンが車体の 中央部にあることから、回転(ヨー)方向のモーメントが小さいMidEng.車はリアのグリップが失われるとスピンに至る挙動が極めて速く、これが普通のドライバーでは立て直せずにスピン(すなわち一般道では事故)に至りという危険が極めて大きい。 ケイマン自体も発売以来、各種の試乗記などで911に対する剛性の低さを指摘されているが、これは俗に言う911との差別化という戦略以外にも、911並みの剛性をケイマンに与えたらば、チョットしたきっかけで、とてもではないが一般ドライバーには制御不能な挙動をするクルマとなってしまうことになる、という理由もあるようだ。

このように難しいクルマである量産型MidEng.クーペは、ケイマン以外となると価格的に非現実的なフェラーリ、ランボルギーニやアウディR8、さらには億 円単位のブガッティヴェイロンなど、極々一部の少量生産車くらいとなる。そいういえば、日本にもトヨタMR−2というMidEng.クーペがあったが、2代目のSW20の場合は、初期型の剛性不足に起因するトリッキーな特性と、未熟なドライバーの組み合わせによる大きな事故の話を度々耳にした。 MidEng.クーペというのは剛性があると歪による逃げがない分だけ挙動が敏感になるが、剛性がなくてサスの位置決めが甘いことによるサスペンションジオメトリーの変化 でも、急激な挙動変化をもたらし危険であるという、何とも設計の難しい車種のようで、天下のポルシェでもケイマンでやっと実現したのも、そんな事情があったのだろう。
 


写真1
通称”ワーゲンポルシェ”と呼ばれた914。
ルーフはタルガトップのように取り外し可能。

 


写真2
低価格のMid.エンジンスポーツだったトヨタMR−2だが、初期型はトリッキーな特性だった。
 

 

ところで最新型のケイマンSの性能は、一時代前のスーパーカーと比べて、どの程度違うのかということを調べてみたのが下の表だ。まずは現行911カレラとの比較では0.2Lの排気量差の分だけカレラが性能的に上回るが、それは極僅かで、もうホンの紙一重といってもいいくらいだ。そして先代のカレラ、すなわちモデル996の場合は、排気量がほぼ同じでパワーもトルクもケイマンSが上回っているから、性能上も明らかにケイマンSの方が上だろう。即ち、先代のカレラならば性能的にはケイマンSの方が上で、それもカレラがATの場合は、当時のトルコン式5ATでは現行のケイマンS に装着されるPDKと比べて、もう圧倒的な差が付いているはずだ。

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    Cayman S
(987)
Carrera
(997)
Carrera
(996)
F355 GTS 348 tb

車両型式

  ABA-987MA121 ABA-997MA102 GF-99666 E-F355B E-F348B

寸法重量乗車定員

全長(m)

4.345 4,435 4.430 4.250 4.230

全幅(m)

1.800 1.810 1.765 1.900 1.895

全高(m)

1.305 1.310 1.305 1.170 1.170

ホイールベース(m)

2.415 2.350 2.350 2.450 2.450

駆動方式

MR RR MR

最小回転半径(m)

  5.5 5.1 N/A N/A

車両重量(kg)

1,420/1,390 1,490/1,460 1,420 1,440 1,500

乗車定員(

  2 4 2

エンジン・トランスミッション

エンジン型式

  N/A N/A N/A F129 F119

エンジン種類

  H6 DOHC V8 DOHC V6 DOHC

総排気量(cm3)

3,436 3,613 3,387 3,495 3,405

最高出力(ps/rpm)

320/7,200 345/6,500 300/6,800 380/8,200 300/7,000

最大トルク(kg・m/rpm)

37.7/4,750 39.8/4,400 35.7/4,600 36.7/5,800 31.6/4,000

トランスミッション

7PDK/6MT 7PDK/6MT 6MT 6MT 5MT

燃料消費率(km/L)
(10/15モード走行)

8.3 7.5/7.5 N/A N/A N/A

パワーウェイトレシオ(kg/ps)

4.4/4.3 4.3/4.2 4.7 3.8 5.0

サスペンション・タイヤ

サスペンション方式

ストラット ダ゙ブルウィッシュボーン

ストラット マルチリンク ダ゙ブルウィッシュボーン

タイヤ寸法

  F:235/40ZR18
R:265/40ZR18
F:205/50ZR17
R:255/50ZR17
F:225/40ZR18
R:265/40ZR18
F:215/50ZR17
R:255/45ZR17

ブレーキ

前/後 Vディスク/Vディスク

価格

車両価格

801/754万円 1,161/1,086万円 1,070/990万円 1610.0万円 1,880.0万円

備考

 

 

MY1999

   

次にスーパーカーの代名詞であるフェラーリはどうかといえば、2代前のF355では排気量はほぼ同じでパワーはF355が20%ほど上回っているのは流石にフェラーリだが、それはあくまで8,200rpmまで回した時、 すなわちトップエンドでのパワーであって、トルクではケイマンSが上回っていて、しかも発生回転数は低いから、街乗りなどで低・中速回転域では恐らくケイマンSの方がパワフル の感じるだろう。
そして、F355より一つ前のモデルである348tbに至っては、最高出力でもケイマンSが勝っていて、これはもう完全に性能が逆転している。要するに現行のケイマンSの性能は、一昔前のスーパーカー(としては小排気量のモデルではあるが)を完全に上回っているということだ。まあ、時代の進歩といえばそれまでだが、ケイマンはポルシェの廉価版などと言っている輩は考え直した方が良さそうだ。
 


写真3
フェラーリF350(1994-1999年)

 


写真4
フェラーリ348tb(1989-1994年)
 

 

今回の試乗車は2011モデルのケイマンSでミッションはPDK、左ハンドル(LHD)でベース価格は899万円だが、オプションはたっぷりと装着されていた。なお、ポルシェは2012モデルから大幅な値下げを行う予定で、ケイマンS(PDK)の新価格は801万円で、これは何と98万円もの値下げだった。因みにカレラの場合はMTが1,204⇒1,086万円、PDKが1,279⇒1,161万円と、どちらも118万円の値下げとなっている。これが911ターボとなると150万円以上 だから、何とカローラ1台分の値下げとなる。ディーラーで値下げの理由を聞いたら、ずばり為替差益ということで、確かに2009年は1ユーロが130円程度だったのが、2010年には110〜120円くらいに下がっているから、昨年の差益を10%還元するのは充分に可能な訳で、至極真っ当な話なのだ。
この値下げにより、911カレラのMT(1,086万円)はBMW M3クーペ 6MTの1,018万円と68万円しか価格差が無くなってしまった。因みに米国ではカレラの$77,800に対してM3は$54,190となっている。まあ、これ以上は何も言わないが、この事実を認識しておく必要はあるだろう。

話が横道に逸れてしまったので本題に戻すと、今回の試乗車は下の写真のようにエクステリアには派手なエアロパーツを満載していて、その外見はまるでケイマンRのように見える。リアにはウィングも付いているしホイールも黒い大径(18⇒19インチ)を履いている。しかもボディカラーはガーズレッドという、いってみればマッカッカで、その目立ち方は半端ではないから、チョッと恥ずかしいものがある。これを見てまっ赤なポルシェなんて山口百恵の歌 の歌詞を思い出すあなたは、間違いなくオジン(若しくはオバン)です。
 


写真5
ガーズレッドのカラーとオプションの派手はウィングが目を引く。
 

 


写真6
Cayman Sのエンブレムはダークレッドだった。
 

 


写真7
 

 


写真8
 

 

写真 9
2+2の911に比べて、2シータークーペのケイマンは寧ろスポーティーに見えるくらいだ。
それにしても、この迫力は相当なもので、カーマニアからの羨望とともに、一般人からは白い目で見られているような気がする。
 

前述のように試乗車には多くのオプションが装着されていたが、基本的にはケイマンそのものだから、今更説明する必要もないだろう。したがって、詳細は下の写真を見ていただくこととして、本文での説明は省くことにする。
これぁ、手抜きじゃねえか?なんていっているダンナ。

良いとこ、突いてくるじゃあないっすか。
 


写真10
ヘッドライトは当然ながらキセノンランプで、写真の下端にはウォッシャーの噴出し口が見える。
 

 


写真11
テールランプも流行のLEDタイプのようだ。

 


写真12
オプションのエアロパーツはフロントに派手なリップが付いている。ケイマンRでは、これと同様なパーツが標準装備されている。
 

 


写真13
中央出しのテールパイプも丸い2本のタイプが付いていた。標準は四角い2本出しとなっている。
 

 


写真14
フロントトランクはカレラと基本的に同じ。容量は充分にある。
 

 

写真 15
リアエンジンのカレラと異なり、ケイマンにはリアにもラッゲージスペースがある。

 


写真16
サイドミラーは今時の常識である折り畳み、ということが出来ない。

 


写真17
チョウバンもガッチリしていて、ボディ側は溶接されている。BMWも同様だが、この辺がドイツ車の凄いところ。
 

 

ドアを開けて目に入る光景はボクスター&ケイマンで御馴染みの987そのもので、レカロ製と思われるシートは座面がアルカンターラでサイドがレザレットという人工皮革だが、出来はすこぶる良い。始めて987の運転席に座ると、ポジションの低さと大きく寝ているバックレスト、そして手足を伸ばしたドライビングポジションに驚くに違いない。ポルシェは911も含めて、フェラーリやランボルギーニというイタリアンスポーツの異様に低いボディと比べると、ルーフの位置が高くて何となくカッコが悪く感じるのだが、こうして運転席に座ってみばサルーンとは全く別世界の低いポジションに気が付く。
そして、シートの座り心地はカチカチに固いが必要な部分はシッカリと沈んで、体全体をサポートするというレカロ独特のもので、世間ではサイドサポートが甘いといわれている、この標準シートも、一般道での走行ならば相当過激なコーナーリングをしてもサイドのサポートは充分にあって、体が左右にずれる事は先ず無い。

シートの調整も初期型から変わらず、ビミョウな調整を必要とするバックレストは電動式で無段階に調整できるし、粗い調整でも問題の無い前後はレバーによる手動で、更にある程度の力が必要な座面の上下 調整は長くてゴッツいレバーによるという、実に理に適っているものだ。唯一の欠点はシート位置のメモリーが出来ないために、複数で乗る場合にはドライバーが代わる毎の調整が厄介だということ がある。
 

写真 18
室内は見慣れたケイマン&ボクスターそのものだから、今更何も言う事は無い。
低い着座位置や大きく寝たバックレスト、そして腕と足をを伸ばしたドライビングポジションなど、スポーツカーらしさは満点だ。


写真19
座面がアルカンターラでサイドがレザレット(人口皮革)のシートも御馴染みのもの。
 

 


写真20
微調整が必要なバックレストのみが電動で、上下と前後は手動のシート調整は理に適っている。
 

 


写真21
試乗車のオーディオにはオプションのボーズシステムが装着されていた。

 


写真22
ドアトリムのアームレストはレザーにステッチが入っていた。標準は樹脂製だったような気がするから、これはオプションか。

フロントのインパネについては、初期型から大きな変更はないが、センタークラスターのデザインは2009年からの後期モデルで変更され現在に至っている。この後期モデルからはナビが標準となったが、ポルシェの純正ナビはオーディオ一体型で、これは2千万円を超える911ターボやパナメーラターボでも同様となる。

なお、試乗車のオーディオにはオプションのボーズシステムが装着されていたが、標準に比べてそれ程良いかというと、まあ、それ程でもないような気がする。この狭い室内では音響空間として狭すぎるし、背後から聞こえるエンジン音とともに、元々オーディオを楽しむような車ではないことが原因だろうか。
 

写真23
初期型から大きく変わっていないインパネ部分。


写真24
前期型のシルバーから、黒を基調としたデザインに変更された後期型のセンタークラスター。
 

 


写真25
ポルシェの標準ナビは全てオーディオ一体型。
 

 

ポルシェに精通した読者からすれば、「今更どうでも良い説明なんか早く切り上げて、さっさと試乗記に移らんかい!」と言いたいところだろうが、まあ、そう焦らずに行きましょうや。  

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