BMW New(F10) 535i (2010/5) 後編 ⇒前編へ戻る

      

F10のエンジン始動はインテリジェントキーを所持してスタートボタンを押す方式で、これは 先代7シリーズ(E65)で採用されたのを見て皆がアッと驚いたくらいだから、BMWが本家のようなものだ。ただし、E60では電子キーのスロットがあったが、今回からは単に所持するだけの国産車的な方式に変更された。エンジンを始動すると正面のメーターには ディスプレイとLED化された燃費計が現れるが、国産車のように派手なブルーのメーターが浮き出す、という事は無い。

コンソール上のATセレクターはE60の後期モデルから採用されているスイッチ式(写真19)のもので、現在のBMWでは5シリーズ以上に使用されている。 しかし、1および3シリーズには今のところ使用されていない。
このセレクターの右側面のボタンを親指(他の指でもいいが、やり難い)で押しながら手前に引くとカチッとDに入り、これはレバー上(グリップ)部の表示とともに正面右の回転計の下部に もDと表示される。このメーター上の表示はLEDではなく、メカ時計のカレンダー表示のような感じでメカ的に表示されるように見える。この タイプの表示は初めて見るもので、近い将来には他社も追従するかもしれない。

F10のパーキングブレーキはコンソール上のレバーも無ければ、足元左端のペダルでもなく、ATセレクターの手前にある電気式スイッチで操作 され、スイッチを押すと解除され、引くとセットされる。実際にはこのスイッチにより、電動でメカ的な駆動によりパーキングブレーキを作動させるのだろう。何故なら、パーキングブレーキは機械的な作動であることを保安基準が求めているからだ。例えば、ブレーキキャリパーへの油圧を使ってパーキングブレーキとすることは許されない。 その理由は、長い期間の作動はメカを使うのがが一番信頼性があり、油圧では微妙な液漏れによる圧力低下などが懸念されるからだ。

パーキングブレーキ・スイッチを解除し(当然ブレーキペダルに足を乗せて)、ブレーキペダルを放すとクルマは僅かにクリープするから、ここでユックリとアクセルペダルを踏む と、スムースに発進する。BMW(メルセデスも)の良さは、このアクセルペダルが適度に重く、レスポンスも自然な点が挙げられる。確かに最近の国産車、それも上級車の場合は決して悪くはなくなったが、それでも 535iに乗ってみるとコントロールのし易さは感心する。なお、F10のミッションは先代のZF製6速ATから8速AT(アイシン製?)に変更されている。

駐車場から表通りに出ると、そこは何時もの4車線国道バイパスで、モタモタしていれば後方のクルマがグングンと迫ってくる。この国道沿いには当然ながら多くのカーディーラーがあるが、表通りに出た瞬間からフル加速を必要とすることから、軽自動車 (特にNA)の場合は恐ろしい目にあう。当然ながら試乗車も直ぐに加速をすると、如何にもBMW6気筒らしい気持ちの良いスムースな加速をする。 「そうっ!これこれっ」 と言いたくなるようなシルキーシックスのフィーリングは健在だった。フーガもクラウンも10年前と比べれば随分と進化して、今ではEクラスや5シリーズとの差は以前ほどではなくなったが、こうして5シリーズに乗ってみるとBMWはやっぱりBMWで、フーガでは代用できない良さがあるのを思い知らされる。まあ、その代償は300万円也のエクストラコストだから、どちらが 良いとは一概には言えないが・・・・。

今回試乗した535iは3ℓとはいえターボの過給により40.8kg・mという4ℓ級の最大トルクを発生し、これは先代E60の540iに搭載されていたV8 4ℓエンジンに匹敵する。そして実際の加速感はといえば、充分速いE60の530iに対して、535iは流石にターボの威力を見せ付けて 更に一ランク上の加速感が体験できる。しかし、同じ3ℓターボの740iに比べると、その加速感は多少落ちるのは何故かと思い、後ほど両車のエンジンスペックを比べてみたらば535iの306ps、40.8kg・mに対して740iは326ps、45.9kg・mで、同じ3ℓターボでも740iは一クラス上のチューニングだった。そしてエンジン型式も535iはN55B30Aに対して740iはN54B30Aというように異なっていた。ついでに335iのエンジンはと思って調べてみたらば、こちらは535iと全く同一の306ps、40.8kg・mだが、型式は740iと同様のN54B30Aだった。 BMWの場合はチューニングが違ってもエンジンの型式は同一のようだ。ということは、性能の違いはROMのなかのソフトウェアだったりして?・・・・まさかそれはないでしょう、たぶん。

なお、両車をパワーウェイトレシオで比較すると、535iは1,820kgに306psで5.9ps/kgに対して、740iは車重1,980kgに326psだから6.1ps/kgとなり、これのみならば同等 以上なのだが、実際の体感は大分異なるのは、10%以上増強されたトルクの違いだろう か。
そして、535iが740iより遅く感じるもう一つの理由は、スロットルレスポンスが多少劣ることだろう。1,500rpm程度の巡航からアクセルペダルを踏んだ時のレスポンスが535iはイマイチなのに対して、740iは即座に反応して、本当に3ℓエンジンでこのデカ いボディを引っ張っているのか?と不思議に思うくらいの性能だった。と、言ってしまうと、535iは遅いのか?と言われそうだが、一般的な感覚から言えば、その動力性能は十分すぎる530i(E60)より も更に一クラス上なのだから全く文句はないわけだが、740iの出来があまりにも良かった事で、このように感じてしまった。人間の欲望は限が無いから、どんどんとエスカレートしてしまう。更に付け加えるなら、335iの燃費(10・15モード)は9.3km/ℓに対して、535iは10.6km/ℓと車重が300kgも重いにもかかわらず燃費で勝っている。そのために 仕方なくレスポンスを犠牲にした事も考えられる。

まあF10には上位モデルとしてV8 4.4ℓエンジン(N63B44A 407ps、61.2kg・m)を積んだ550iがあるから、535iで物足りないユーザーはこちらを選ぶという手もある。ただし、550iの価格は1,040万円となり、これは740iの1,010万円より僅かに高いくらいだから、ちょっと考えてしまう。なるほど、それでお前ならどちらを選ぶんだ?と言われそうだが、残念ながらどちらも買わない、ではなく買えない。と言ってしまったら話が繋がらないので、もしも予算があると仮定したら、個人的には ・・・・・う〜ん、740iを選ぶかなぁ。
535iの動力性能がレスポンスに多少の不満を感じるのは、エンジン自体の特性もさることながら、新しく装着された8速ATの制御のシフトダウンがイマイチ遅いこともあるが、こればかりは学習機能の関係もあり一概には結論を出せない。そしてBMWはお馴染みのスポーツモードもある訳で、そうすればレスポンスについては解決できるが、実際に試してみ れば、例によってわざとらしく妙にオーバーレスポンスとなり、本当のハイレスポンスでは無いのが気にかかるが、BMWのスポーツモードは以前からこの傾向があるから今更驚くことも無い し、これが好きなオーナーには満足できるだろう。
 


写真19
7シリーズとデザインの似ているメーター類。それでも燃費計などはデジタルLED式となっている。

 


写真20
イグニッションスイッチはお馴染みのスタート/ストップボタンによる。

 


写真21
スイッチタイプのATセレクターは既にE60後期モデルで採用されていた。手前のPマークはパーキングブレーキの操作スイッチ。AT レバーの右は”SPORT"と"NORMAL"のセレクトスイッチ。

 

 


写真 22
535iのコンソール後端は後席用のエアコンアウトレットとトレイくらいで、標準ではエアコンやオーディオ操作は出来ない。

 

先代E60から採用されたアクティブステアリングは、初期のモデルでは異様にクイックで初めて乗るときには余程注意しないと危険な程だったが、慣れてしまうと実に気持ちの良いものだった 。しかし、流石に世間の反応はやり過ぎとの批判もあったようで、その後は毎年穏やかになってきて極最近では特に意識しないでも運転できる程度になってしまった。今回の新型も特に言われなければアクティブステアリングが装着されているのが判らない程度にマイルドになっていたが、この1.8トンもある重量車にしては軽快な 操舵性は、この装置のお陰だろう。ただし、少し前に試乗した530i xDriveは4WDモデルである為かアクティブステアリングが未装着だったが、これはこれで充分に満足できるステアリング特性だった。 アクティブステアリングは米国向けのモデルではオプションになっていることもあり、なぜ日本向けの5シリーズが全車標準装着なのかは以前から疑問があった。現在F10には525i相当モデルは未発売だが、将来的に追加発売される時にはアクティブステアリング未装着モデルなんていうのは如何だろうか。少なくとも30万円程度は安くなりそうだし、ついでにiDriveも取っ払ってしまえば、合計で50万円程安くなるのではないだろうか。なお、今現在F10には欧州でも2.5ℓモデルは設定がないようだが、その代わりに3ℓをデチューンした523iというモデルがある。今回発売のラインナップには3ℓ自然吸気の528i(715万円、258ps)が設定されているが、523iは更にパワーを落として204psとなる。E60の525i(645万円)は2.5ℓ 218psだから、523iの場合は3ℓのトルクでカバーという ことで性能は同等といういところだろうか。

なお、宿敵であるメルセデスEクラスは1.8ℓターボ(204ps)のE250 CGI ブルーエフィシェンシー を634万円で発売しているし、更にこのクルマはグリーン減税の対象にもなっているから、実際の購入価格は更に安くなる。この点ではF10の715万円(528i)からというラインナップでは勝負にならない。 以前は殿様商売だったメルセデスも今では5シリーズを追う立場となってしまったこともあり、価格勝負に出たのはユーザーにとっては嬉しいことではある。もっとも、E250のレスポンスにはがっかりしたが・・・・・。この辺はE250試乗記にて。

F10の特徴は今時のクルマには珍しくドライバーからボンネットが見えること(写真24)で、全幅1,860mmという大柄のボディの割には運転はし易い。そして、コーナーリングはといえば、これは例によってEセグメントのセダンとしては異例に弱いアンダーステアによるスポーティーな特性で、その気になれば大柄なボディを下手なスポーツカー以上に走らせる事が出来るが、実際に5シリーズオーナーでそんな走り方をするのはどの程度の割合なのだろうか。それでも、よく言われるように、本当は2シーターや2 +2のスポーツカーが欲しいのだけど、家族構成や社会的な事情から真っ当なセダンを買わなければならない 、というクルマ好きのお父さんには正に打って付けのクルマだ。
付け加えれば、F10にはフロント操舵時にリアを逆方向(低速時は同方向)に僅かに切る4WS方式を採用しているのだが、言われなければ殆ど判らない程で、違和感を感じるほどに効果が判るスカイラインの4WSとは 思想が全く異なっている。

そして、乗り心地はといえば、これはランフラットタイヤ(RFT)を装着している事を考えれば、充分にしなやかだし重厚で、そこらの安物とは次元が違うが、もしもRFTでなければ更に向上するのは目に見えている。実際にRFTを外して ノーマルなチューブレスに履き替えたというBMWユーザーの話しを結構聞く機会がある。それならばRFTのレスオプションを設定して、その場合は専用の足回りチューニングをしてあれば言う事はないのだが、やらないだろうなぁ。

そしてブレーキはといえば、ホイールから覗いているキャリパーを見ればE60からのキャリーオーバーのようで、その効きの良さは定評があるが、例によって人によっては効き過ぎ、というか踏力が軽すぎると感じるかもしれない。ところで、このキャリパーはオールアルミの 片持ち方式という独特なもので、先代7シリーズで初めて採用された時には結構な話題となったが、結局は何がメリットなのか良く判らないことで、 最近では話題に上らなくなり、BMWのみが意地を張って使っていたようだ。他社のライバル達はといえば、メルセデスはEクラスの上級モデルにはブレンボ製のアルミ対向ピストン (以下OPZ)キャリパーを採用しているし、国産ライバルのフーガ(インフィニティM)も上級グレードにフロント4ポット、リア2ポットのアルミ OPZキャリパーを採用し、レクサスGSも同様にOPZキャリパー(構造的にちょっとダサいが)を採用している。
ところで、535iのブレーキキャリパーを見るためにホイールの中を覗いて見ると、写真26のようにディスクローターが擦動部のみ鋳物で、ハット(ハブに組付く部分)はアルミ 製だった。そして、これらをリベットで止めているように見える。この構造自体は既にE60の末期モデルで採用されていたようだが、これによるバネ下重量の軽減はサスの動きにおいては大いなるメリットがあるだろう。 
 

写真 23
直6、3ℓ ターボにより306ps/5,800rpmの最高出力と 40.8kg・m/5,000rpmの最大トルクを発生する。

 


写真24
高めの着座位置と水平に伸びたボンネットから、最近では珍しく運転席からボンネットが見える。

 


写真25
標準でフロント、リア共に245/40R18タイヤを装備。

 


写真26
ブレーキのディスクローターは擦動部が鋳物でハット部がアルミ製で、両者をリベットで結合している。

 


写真27
ブレーキキャリパーは先代E60からのキャリーオーバーのようだ。

 

5シリーズのライバルは言うまでもなくメルセデスEクラスであり、御三家という意味ではアウディA6も対象になる。そして国産車では先ごろFMCされたフーガが米国ではインフィニティMとしてこれらのライバルと競合している。
 
    BMW BMW Mercedes
Benz
AUDI Nissan
      新(F10) 535i 旧(E60) 540i E350
Advangard
3.0 TFSI Quattro
S Line
Fuga 370GT
Type S
 

車両型式

  FR35 NW40 212056C 4FCAJA KY51

寸法重量乗車定員

全長(m)

4.910 4.855 4.870 4.925 4.945

全幅(m)

1.860 1.845 1.855 1.855 1,845

全高(m)

1.475 1.470 1.455 1.455 1,500

ホイールベース(m)

2.970 2.890 2.875 2.845 2.900

駆動方式

FR 4WD FR
 

最小回転半径(m)

  5.5 5.7 5.2 5.7 5.6

車両重量(kg)

  1,820 1,800 1,710 1,850 1,750

乗車定員(

  5 5

エンジン・トランスミッション

エンジン型式

  N55B30A N62B40A 272 2GR-FSE VQ37VHR

エンジン種類

  I6 DOHC Turbo V8 DOHC V6 DOHC V6 DOHC S.C. V6 DOHC

総排気量(cm3)

2,979 3,999 3,497 2,994 3,669
 

最高出力(ps/rpm)

306/5,800 306/6,300 272/6,000 290/6,800 333/7,000

最大トルク(kg・m/rpm)

40.8/5,000 39.8/3,500 35.7/5,000 42.8/4,850 37.0/5,200

トランスミッション

  8AT 6AT 7AT 6AT 7AT
 

燃料消費率(km/L)
(10/15モード走行)

  10.6 7.6 9.5 9.4 9.5
 

パワーウェイトレシオ(kg/ps)

5.9 5.9 6.3 6.4 5.3

サスペンション・タイヤ

サスペンション方式

ダブルウィシュボーン 3リンク 4リンク ダブルウィシュボーン

インテグラル・アーム マルチリンク ダブルウィシュボーン マルチリンク

タイヤ寸法

  245/40R18 245/45R17 255/35R19 245/40R20

価格

車両価格

835.0万円 920.0万円 850.0万円 861.0万円 492.45万円

米国価格

未発売 535i
$51,250
E350
$48,600
3.0T Sedan
$50,200
M37
$46,250

この一覧表で紹介できなかった同クラスとしては

ジャガー XF3.0 プレミアム ラグジャリー 760万円 (V6 3.0ℓ 243ps) もしくは
      XF5.0 プレミアム ラグジャリー 895万円 (V8 5.0ℓ 385ps)

レクサス GS350 バージョンI 593万円 (V6 3.5ℓ 315ps)
      GS460 バージョンL 775万円 (V8 4.6ℓ 347ps)

トヨタ クラウンアスリート 3.5Gパッケージ 559万円 (V6 3.5ℓ 315ps)
    クラウンマジェスタ 4.6Gタイプ Fパッケージ 790万円(V8 4.6ℓ 347ps)

というところか。

はっきり言って、このクラスになれば、どのクルマを選んでも決して悪いことはない。言ってみれば好みの問題でもある。B_Otaku にも偶にドイツ車オタクだなんだという中傷メールが来ることがある。 まあ、どうでも良いが、そういう人は本当に両車を比較した結果で言っているのだろうか。それなら、個人の見解の違いだからまあ御自由に、と言いたいところだが、上に挙げた車の中から少なくとも輸入車と国産車を各一組くらいは乗り比べた経験が あるのだろうか? もしも経験が無いのに言っているのなら、何を根拠にドイツ車オタクと言うのだろうか。 国産車ユーザーは一度、この535iとかメルセデスE300や350に乗ってみることをお勧めする。同じクルマでもこんなに世界が違うのかとカルチャーショックというか、考えが変わるかもしれない。勿論、全然変わらないとか 、国産車の方が良いと本気で思ったなら 、それはそれで良いだろう。実際に違いは微妙といえば微妙だし、マルで違うといえば違うのだから。

結論として、家庭環境から本格的なスポーツカーが買えないクルマ好きのオトウサンが、一家に一台の、でもチョッと(いやかなり)贅沢なセダンを買う場合の選択肢として、535iは定番だ し良い選択肢だと思う。853万円という価格は本格的スポーツカーならば、ポルシェ ボクスターS 7PDK(819万円+オプション)が近い。しかし、800万円代半ばという価格は総額では900万円近くなってしまい、 勤め人が個人で買うには幾らなんでも高すぎる。これが自然吸気の528iならば715万円と大分安くなってくるが、それでも結構なお値段となる。まあ、クルマに掛ける予算というのは各家庭の収入やら出費の状況、それにクルマに対する考え方で大きく変わるから 何とも言えないが、もしも535iや528iを買うことが可能ならば、それは充分に満足できる結果を生むだろうし、これらで満足できないというのなら一体何を求めているんだ、という事になる。実際に、535iにしてもE350にしても、いやE300だって文句のつけようが無い筈だ。勿論、ポルシェ パナメーラと比べれば見劣りするかもしれないが、あちらは更に 1.5〜2倍近い価格だし、それを言い出したら限が無い。