消費減税を行う際に財務省や政府機関が「システム改修に1年程度の準備期間が必要」と主張している。しかし、1年どころか簡単に変更できるとIT関係者が指摘している。
具体的にはソフトウェア開発では、数週間単位で機能を更新するのが当たり前であり、1年もかけるのは「昭和のウォーターフォール型開発(要件定義から保守までを「滝」のように上流から下流へ順に進める、計画重視のシステム開発手法)」の発想だという批判だ。
すなわち「できない」と言い張ることで、減税の議論自体を封じ込めようとしているという政治的な不信感も、この主張を後押ししている。
では、何故に官僚が「減税」に対して極めて否定的な姿勢を取るのかといえば、単なる事務的な手間(システム改修)を超えた、彼ら独自の「省益」と「組織論」が深く根ざしている。
具体的には財務省(特に主計局・主税局)の世界では、「安定的な財源を確保すること」が最大の使命とされている。
・手柄の定義:厳しい政治交渉を経て増税を成し遂げたり、新しい税目を創設したりすることは、省内では「国家の財政基盤を救った英雄」として評価される。
・減税の扱い:逆に、一度決まった税率を下げることは、彼らにとっては「財源の喪失」であり、自らの仕事の否定、あるいは「政治に屈した敗北」とみなされる風潮がある。このため、減税を主導した官僚が、その後の人事において重要ポストから外されるといった「出世への影響」は、永田町・霞が関では公然の秘密のように語られている。
そしてもう一つ、財務省は「日本は借金まみれで破綻寸前である」というストーリーを、国民や政治家に長年説き続けてきた。
ところが、もし減税して経済が好転してしまったら、「増税が必要だ」と言い続けてきたこれまでのロジックが崩壊してしまう。自分たちの存在意義を守るために、「減税は絶対に不可能だ」「やれば財政が破綻する」という言説を維持し続けなければならないという、組織的な自己保存本能が働いている。
それだけではない。制度が複雑であればあるほど、その解釈や運用を司る官僚の権限は強まる事になる。また、複雑なシステム対応が必要になれば、関連外郭団体やIT業界への天下り先、あるいは利権構造が維持されやすくなるという側面も指摘されている。
本来、国民のためにあるべき官僚組織が、組織の自己保存のために動いている現状をどう打破するかは、もはや技術論ではなく、強力な政治主導による「解体」に近い改革が必要な段階に来ているのだった。