難関と言われる私立総合大学で、医学部を持つのは唯一慶応のみであり、MARCHにさえ医学部は無い。他に思い浮かぶのは関東では日大、東海大、帝京大と、これだけ私立大学があるのに極僅かしかない。早稲田が慶応に絶対勝てないのは医学部が無いから、ともいわれている。
ではなぜ早稲田が医学部を持てなかったのだろうか。また、経営状況の悪い東京女子医大を早稲田が吸収するという話もあるが、その現実性はどうなのだろうか。
以下これらについて纏めてみる。
早稲田大学に医学部がないことは、日本の大学史における「最大のミッシングピース*」の一つと言っても過言ではない。慶應とのライバル関係において、医学部の有無は確かに「総合大学としての格」や「政財界への影響力」の差として語られがちだ。
*ミッシングピース:「欠けているパズルのピース」「不足している部分」を意味し、転じて「物事の完成に必要だが足りない要素」や「行方不明のもの」を指す。
そこで、なぜ早稲田が医学部を持てなかったのか、そして噂される「東京女子医科大学との合併」の現実味について、多角的に整理する。
1. なぜ早稲田は医学部を持てなかったのか?
実は早稲田には、過去に何度も医学部設置のチャンスや構想があった。しかし、その都度「不運」と「壁」に阻まれてきた歴史がある。
大隈重信の死と関東大震災:1920年代、創設者の大隈重信は医学部設置に意欲的で、実際に多額の寄付金も集まっていた。しかし、1922年に大隈が没し、翌年の関東大震災で校舎が甚大な被害を受けたことで、資金を復興に回さざるを得なくなり計画は頓挫してしまった。
文部科学省の「定員抑制方針」: 戦後、医師過剰を防ぐために国が医学部の新設を厳しく制限した。これにより、ゼロからの単独新設は事実上不可能となった。
莫大な経営リスク:医学部には「大学病院」の併設が義務付けられている。病院経営は赤字リスクが極めて高く、数千億単位の初期投資と維持費が必要となる。早稲田ほどの規模でも、経営基盤を揺るがしかねない「金食い虫」を抱えることへの慎重論が根強くあった。
2. 東京女子医科大学との合併説:その現実性
「東京女子医大(以下、女子医大)の吸収」については、長年「本命」と目されてきたが、現実は非常にシビアだ。

【結論としての現実性】
2026年現在、女子医大の不祥事や経営難により「早稲田による救済」を期待する声は依然としてあるが、早稲田側には「ブランドに傷がつくリスク」と「赤字補填の負担」を嫌う空気も強く、短期間での電撃合意は極めてハードルが高いのが現状だ。
3. なぜ他のMARCHに医学部がないのか?
「医学部を持つ私立総合大学」が極端に少ないのは、日本の私立医学部の多くが「医学単科大学」として独立して発展してきた事による。
慶應・日大・東海大などの例外:これらは歴史的に医学校をルーツに持つか、あるいは高度経済成長期に莫大な資産を投じて医学部を作れた「体力のあるマンモス校」だ。
MARCHの立ち位置:明治や中央などもかつて医学部構想があったが、都心の限られた敷地に病院を建てるスペースがなく、また「文系・法学の伝統」を優先した結果、医学部を持たない現在の形に落ち着いた。
まとめ:早稲田の選んだ「第三の道」
早稲田は現在、医学部を「所有」することに固執するよりも、「医理工連携」という形で他大学(女子医大や日本医科大など)と研究面で深くつながる戦略をとっている。
「医学部がないから負け」ではなく、「医学部を持たずに、いかに医学・生命科学の最先端に食い込むか」という、ある種の実利的な経営判断にシフトしていると言える。
もし今後、女子医大が経営破綻に近い状態に陥れば、「早稲田医学部」誕生の歴史的瞬間が訪れるかもしれないが、それは同時に早稲田にとって巨大な賭け(ギャンブル)の始まりでもある。