PORSCHE Cayenne S (2007/6/30)
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全長4.81m×全幅1.93m×全高1.7mという巨大なボディだが、フロントエンドのスタイルは
ポルシェのアイデンティティを辺りに振り撒いている。
この巨体ゆえに18インチのホイールが特に大きく感じないのも凄い。
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1990年代の初頭に経営危機に陥ったポルシェは、その後オープン2シーターミッドエンジンのボクスターを発売し、その後には長年空冷エンジンの代名詞でもあった911系を水冷化した。この水冷エンジンはボクスターの水平対向6気筒の排気量をアップしたものであったし、
ボディを始めとする多くのコンポーネントをボクスターと共用するという思い切った戦略に打って出た。これは一つ間違えば命取りになるような冒険ではあったが、幸いにもボクスターは大当たりし、水冷911である996も最初は決して評判が良くなかったが、
その後の改良によりボクスターとの2本柱で、危機的だった経営状況も見事に回復した。そして、余裕のできたポルシェの次なる戦略はポルシェ初のSUVであるカイエンを発売
した。
このカイエンの大ヒットにより、ポルシェの生産台数は飛躍的に増大し(といっても、大した数ではないが)、規模の割には膨大な利益を手にして、なんと
今度は逆に窮地に立ったVWに出資をして、今では筆頭株主となっている。何とポルシェがVW系列なのではなく、VWがポルシェの系列ということになる。
ポルシェ社にそれ程の利益をもたらしたカイエンの高収益の秘密はといえば、ボクスター/カレラ等が専用設計のスポーツカーであるのに対して、カイエンはなんとVWのSUVであるトゥアレグと多くを共用している。ボディ形状とエンジンが異なる以外は基本的に同じクルマなのにトゥアレグより200万円高いカイエンは、ポルシェに多大な利益をもたらしたのも当然だ。
そのカイエンが2代目となったのを機に、今回の試乗となったのだが、今までカイエンに試乗するチャンスはいくらでもあったのに取り上げなかったのは、この手のSUVというものが好きではなかったこと
もあるが、サルーン優先するとSUVを取り上げるだけの余裕が無かった事が大きな理由だった。
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写真1
左右から出る楕円の排気管意外にはポルシェの特徴は全くないリアビュー。 |
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写真2
側面から見れば当然ながら、これまたポルシェの特徴は全くない。 |
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写真3
リアのラッゲージルームは十分な奥行きを持つが、幅は意外と狭い。 |
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カイエンのラインナップはV6 3.6L 290sのベースグレードである”カイエン”が692万円、V8 4.8L 385psのカイエンSが927万円、そして同じくV8 4.8L ながらターボチャジャーにより500psのカイエンターボが1398万円となる。ポルシェの例に漏れず、ベース価格は本当に裸の仕様だから、実際には50〜100万円、場合によっては200万円以上のオプションを装着するのが普通となる。
試乗車はカイエンSのLHDで、ベースの927万円に対してオプションとしてエアサスペンション&PASM(52万円)、サーボトロニック(車速感応式パワーステアリング、4.5万円)、
フロント&リアシートヒーター(17万円)等に加えてディーラーオプションのHDDナビゲーションが装着されていたので、車両の総額は約1050万円で、これに取得税や諸経費を含めた乗り出し価格は1100万円を軽く越えるとう恐ろしい事になる。
全長4.8m・全幅1.93m・全高1.7mという寸法から判るように、近くで見るカイエンは実にバカデカイ。正面から見たスタイルは、成る程ポルシェの顔をしているが、側面や後方から見て、これがポルシェであるというアイデンティティは全く感じられない。それは当然で、”ポルシェ”と聞いて頭に浮かべる後姿は低いクーペスタイルのカレラのような形状だから、背が高いワゴンスタイルのカイエンでは、ポルシェのデザイナーがどんなに優秀でも、ポルシェらしいリアスタイルは無理に違いない。生粋のポルシェマニアはこの形を見て、どう感じるのだろうか。こんなのポルシェじゃない!と思っているのだろうか。 |

写真4
フロントシートは高級サルーンのような形状のコンフォートシートで、これもポルシェらしくはない。 |
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写真5
リアのスペースは十分ある。センターにアームレストが出ているポルシェも初体験だ。 |
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写真6
座面に細かい通気口の開いたレザーシート。 |
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写真7
ポルシェらしく質素ではあるが、質の良い内装は場合によっては豪華さに欠けると感じるオーナーもいるだろう。 |
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ドアを開けて乗り込むには意外と高さを感じないが、ドライバーズシートに座ると、その高さと幅の広さに圧倒される。しかも、試乗車はLHDだから、一般的な日本のドライバーならば走り出すまでは心配になるだろう。
この高い着座位置とだだっ広い車内は、同じポルシェブランドでも低くタイトな987(ボクスター&ケイマン)/997(911系)とはマルで異なる。シートも柔らかめで座面も広いから、これもタイトで硬いポルシェのイメージとは全く正反対
だった。
標準シートは12ウェイの電動レザーシートで座面には細かい吸気孔が開いている(写真6)。ベースグレードの”カイエン”も同じシートだから、カイエンシリーズには布のシート
は設定がない。そういえばカレラは勿論、ボクスター/ケイマンにも布のシートは設定されていないから、言い換えればポルシェには布シートの設定は全く無い事になる。
渡されたキーは四角いプラスチックの塊だったから今流行のインテリジェントキーかと思ったが、実はサイドのボタンを押すと鍵が出てくるので、これをオーソドックスな鍵穴に差し込んで左に回す。そう言えば、ポルシェでインテリジェントキーというのは見たことがない。
室内の仕上げは流石に一千万円のクルマだから悪いわけがないが、最初に目に入るのはダッシュボードの樹脂の表面につけられた深く大きな目のシボで、好みの問題はあるが、個人的には独特の高級感を感じた
(写真10)。この雰囲気は初めて見るものだから、もしかすると2年程後には国産車の多くが採用するかもしれない。しかし、それでも不満なユーザーにはカレラ等と同様にレザーセレクションを選べば
不満は無いだろう。
シートの調製を終えて正面のメーターパネルと見ると、そこにはポルシェらしく、センターが大径で各メーターは外周の一部が中央側のメーターに食い込んでいるポルシェ独特のスタイルをしている。しかも、ボクスター/ケイマンの3連でなく、カレラのように5連となっている。しかし、中央の回転計を中心として左
に小さなスピードメーターを配するカレラとは異なり、カイエンの場合は中央が集合メーターとディスプレイで、左右に速度計と回転計が配置される。試乗車はLHDだったこともあり、ペダル類は右に寄っているのは他のポルシェと同様だか、そのペダルは四角くて大きく、最近のポルシェ(987/997)が逆三角形で小さいのとは対称的だ。
センターコンソールのATセレクターは最近では標準的となったP-R-N-Dの配置でDから左でマニュアルモードとなる。このカイエンではマニュアルモードで押して”+”、引いて”−”となるが、
実はポルシェのティプトロニックというのはマニュアルモードでの操作はステアリングスイッチのみで、セレクターレバーでのシフト操作は出来ない。この点でもカイエンはポルシェとしては異質には違いない。
セレクターレバーの手前にはモード切替と車高調整などのスイッチがある(写真11)。
最近流行の街乗り用ライトSUVの多くはオフロード性能どころか駆動方式が2WD(FF)だったりと、そのスタイルと雰囲気を味わうファンション指向のクルマが多い中で、カイエンは4WDは当然として、
可変車高システム、デフロックや副変速機等の本格的なオフロード車の装備を持っている。カイエンのユーザーがこのような装備を実際に使うかどうかは別としても、この辺の本物志向は流石にポルシェで、自社のブランドを付けたクルマには徹底して拘るのが良く判る。
カタログの巻末にはオフロード性能のスペックが明記されているのも恐れ入る。カイエンは米国で人気のようだが、同じ米国で人気の日本製プレミアムブランドSUVとはユーザー層が全く異なるのだろう。
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写真8
広く高い室内はポルシェのスポーツカーのイメージとは正反対となる。
大きなブレーキペダルもポルシェ的ではない。
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写真9
カレラのように中央が大径の5連メーターは、計器の配置がカレラとは全くことなる。ATのポジション表示やその他の表示類も987/997の質感には一歩譲る。 |
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写真10
深く目の粗い独特のシボがダッシュボード全体を覆い、これが独特の雰囲気を醸し出す。だだし、これは好き嫌いが分かれるところだ。 |
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写真11
セレクターレバーの手前はスポーツモード、車高調整、副変速機やPASMのスイッチ類がある。カイエンは形だけのSUVではなく、本格的なオフロード装備を持っているの。 |
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写真12
ナビは販売店ポウションで国産の最新型機種が付けれれる。ナビに関しては日本製がダントツだから、原産地の日本向けにはメーカーオプションの設定はない。 |
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エンジンを始動してみると、アイドリング中のエンジンはカレラSのような高性能を予感させるワクワクするような振動もなく、正にV8の高級車そのもので、この面でもポルシェというブランドのイメージとは大きく異なる。走り出した第一印象は4.8L 385psというスペックからすると意外にも強烈なトルク感はないことで、勿論グイグイと加速はするのだけれど、どうにも反応が鈍い。それもその筈でカイエンSの車両重量はなんと2.4トンもあるために、馬力当りの重量は6kg/psとなり、これはボクスターの5.7より重いことになる。
流れの速い1級国道のバイパスを走っている時のエンジン回転数は1500rpm以下で、当然ながらエンジン音は殆ど聞こえない。アクセルをフルに踏んでも中々キックダウンを誘発できないようなので、これでもかと勢い良くガンッと踏むとようやくシフトダウンが起こりエンジン回転数が上がる。
といっても、4000rpmなどという事は無く、せいぜい2500rpm程度だった。
それでもV8のフラットなトルクのためもあって、2.4トンという車体重量を考えれば信じられないくらいの加速ではなるが、その加速は感覚的にボクスターのAT(Tip)と同程度だったから、ポルシェというからには、カレラ並の加速を求めるユーザーには、カイエンターボを勧める。
今度は信号待ちからセレクターをマニュアルにして、青信号を確認後にフルスロットルを踏んでみると、ボンネット辺りからはV8のビートを奏でながら加速していく。この時の盛り上がりは、これまたポルシェエンジンとしては物足りないかもしれないが、高級車用のV8と思えば、十分にスポーティに感じる。
ただし、実際にカイエンSのオーナーがマニュアルモードを使うかと考えれば、まずそれは無いだろうが・・・・。
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写真13
V型8気筒、4.8ℓエンジンは385ps/6200rpmの最高出力と500Nm/3500rpmの最大トルクを
発生する。この大出力・大トルクエンジンで自重2.4トンの巨大なボディで、スポーツカー並みの動力
性能をもたらすが、カレラ並みを要求するならば、ターボモデルが必要となる。 |
試乗車にはオプションのサーボトロニック(車速感応式パワーステアリング、4.5万円)が装着されていたこともあり、操舵力は極めて軽い。特に低速で交差点を左折するような状況では、片手でクルクルと回ってしまう。速度が上がればそれなりの重さにはなるが、基本的に軽いことには変わりは無い。特性はカレラ並とは言わないが結構クイックだから、重量2.4トンの重量級SUVとしては驚異的でもある。
試乗車にはエアサスペンション&PASM(52万円)が装着されていて、これは乗り心地を3段階に調整できる。987/997のPASMがNORMALとSPORTSの2段階にセレクトできるのに対して、カイエンには更に柔らかいCONFORTを加え
て3段階となっている。CONFORTをセレクトして走ってみると、乗り心地はサルーン並みに良いし、フラットな乗り味で、これなら長旅でも後席の住人からは全く不満がでないだろう。だからといって決して不安定などということはないのは、流石にポルシェのブランドをつけているだけの事はある。
これをNORMALにすると、確かに少し硬くはなるが、これも十分我慢の出来る範囲だし、更にSPORTSをセレクトしても987/997のようにサーキットしか使えない程にガチガチではなく、あくまでSUVとしての”スポーツ”だから、チョット乗り心地は悪いが硬めのシッカリした足、というモードだった。
全幅1.93mの巨体にも大分慣れてきたところで、ポルシェの試乗では御馴染みのコーナーに到着した。PASMはNORMALにセットして、往路はチョット速い程度の速度でコーナーを回ってみたが、その巨体と高い重心からは想像がつかないくらいに安定していた。
しかも、4WDにも関らず実にニュートラルな特性で、それでいてケイマンSのような緊張感は全く無く、ポルシェ一族では飛びぬけて扱い安いコーナリング特性を持っている。これなら、決して運転が上手いとは言えないセレブの
奥様でも、楽々と速いペースでコーナーをクリアしてしまうだろう。こらは何やら30年前にB_Otaku が国産ツインカムGTで必死に峠を走っているのに、後に続く若葉マークの女子大生がのるメルセデスセダンが、
目茶目茶なライン取りにも関らず余裕でついてきた状況を思い出した。
復路は更に速度を上げてみたが、カイエンSのコーナーリング性能は、公道上でマトモな神経では、全く破綻は見せないようだ。
数年前に乗ったBMW X−5も背の高いSUVとしては驚異的はコーナーリング特性を見せてくれたが、このカイエンS程にはニュートラルではなかった。もっとも、X-5も最近モデルチェンジをしたから、恐らく良い勝負をするに違いない。近々X-5も試乗する予定だから、これは楽しみだ。
実は、試乗中に左のガードレールの切れ目から自転車に乗った3歳くらいの幼女が車道に突然入ってきた。しかし、カイエンの正確でクイックなステアリングと効きの良いブレーキは余裕で難を逃れた。この事実はケイマンSのアクティブセーフティーのレベルの高さを見せつけれらことに加えて、
LHDにより道路側に運転席があることで、飛び出す寸前にいち早く危険を認識できるというLHDのメリットを実感出来たのも今回の収穫だった。商用BBSなどで定番の左ハンvs右ハンの言い争いで、LHDは左が良く見えて寧ろ安全だとの意見も度々目にする。流石に
、これは左ハン絶対主義者の屁理屈と思っていたが、今回のカイエンSに乗ってみれば、これは強ち屁理屈でも無いかもしれないと思った
。ただし、それはあくまで全幅が1930mmという巨体であればこそだ。更には、高い着座位置はLHDの最も苦手な右折時でも、対向車が確認
し易いメリットがあるから、この面でもカイエンのような巨大なSUVのLHDは決して無意味ではないかもしれない(写真15)。
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写真14
全幅1.93mの車体は、1級国道でも1車線分が狭く、隣に大型トラックがいると隙間は最小となる。 |
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写真15
高い視線による視界の良さは、右折時のLHDのハンディが少ない。
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現在のポルシェ各車のブレーキは全てブレンボー製のモノブロック対向ピストンキャリパーが使われている。そしてキャリパーの色はベースグレードが黒、高性能版の”S”が赤、そしてセラミックコンポジットのPCCBが黄色となっている。これはボクスター/ケイマン/カレラに共通している。ところが、カイ
エンの場合はベースの黒は同じだが、”S”はシルバーとなり、赤は”ターボ”に使用されている。さらにはカイエンのキャリパーはフロントがリアに比べて各段に大きい
(写真17)。これはミッドシップもしくはリアにエンジンを置くことでリアヘビーとなり、結果的に前後のブレーキ配分が、ほぼ均等な987/997と異なり、フロントエンジンによるフロントヘビーなカイエンの特性の違いでもある。と言っても、世の中の殆んどはフロントエンジンだから、フロントキャリパーの方が大きいのは、他社では当たり前でもあるのだが。
それではカイエンSのブレーキフィーリングはといえば、まず最初の遊びストロークがポルシェとしては少し大きい。しかし、この後はガッチリと剛性感に満ちていて、踏力を増しても殆んどストロークしない。これは、遊びストロークは短いが、踏力を増すとそれなりにストロークするボクスター〜カレラのブレーキ特性とは異なる。ただし、効き自体は十分で、さらに車両の安定性も十分だから緊急時にも安心して踏み込める。
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写真16
フロント・リアともに8J×18ホイールに255/55R18タイヤの組み合わせ。 |
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写真17
左側:フロントの対向6ピストンのモノブロックキャリパー
右側:リアは対向4ピストンのモノブロックキャリパー
車重2.4トンのクルマを停めるとはいえ、特にフロントキャリパーの巨大なことには驚く。
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このところ、欧州車の試乗記には机上のスペックでは近い数値の国産車にも試乗して、果して価格だけのメリットはあるのかを検証してきたが、今回のカイエンSの国産ライバルはといえば・・・・無い!V8搭載の国産SUVとしては、SUVといえるかは疑問があるが、ランクル100やシグナスがエンジンスペック的には近いが、これらは今現在、国内販売リストから消えているようだ。ニッサンは国内ではムラーノに相当するモデルを、米国ではインフィニティブランドでV8もラインナップしているが、これも国内では発売されていない。
となると、カイエンSのライバルは下の表のようにX-5やレンジローバーということになり、価格的にも総額では一千万円の大台を超えることになる。

B_Otaku
が重心の高いミニバンやSUVを嫌うのは、緊急時の安定性など考えると、どうしても他人には勧められないし、自分自身でも乗りたくは無いからだ。しかし、偶然にも前述した幼女の飛び出し
時の回避で証明されたように、カイエンSクラスになればアクティブセーフティも十分で、いや、国産のセダンやワゴンでも緊急時にカイエンS並みの安定した挙動を見せるクルマは、それほど多くはない。地獄の沙汰も金次第、とはよく言ったものだ。
さて、このカイエンSに試乗してみて、確かに伊達に高価なわけではないし、SUVとしては驚異的な走る・曲がる・止まるを身につけていた。しかし、ポルシェ=911と考えるお金持ちからすれば、カイエンSのボクスター並みの動力性能では満足しないだろう。そんなユーザーにはカイエンターボこそがベストバイだとコメントしよう。ベース価格は、これもカレラ並みの1398万円だから、ケイマンS並みに900万円代のカイエンSなんてプライドが許さないとい
う成金、ではなく、セレブなオーナーでも満足だろう。それにレンジローバーの最上級車種でも1350万円だから、カイエンターボはSUVの最高価格車ということになり、益々自尊心を満たすことになる。
だが、まてよ。AMGにG55というのがあった筈だ。まあ、あれがSUVといえるかは疑問があるとしても、背の高いオフロード系の仲間としては同じ分野ともいえる。そこで値段は、なんと1650万円也!これは、まずいぞ。カレラターボが最高価格だからと勧めてその気にさせた社長が怒っているのが目に浮かぶ。と、言うのは作り話だが、それではと次回はG55を取り上げることにする。
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