BMW  M5 フルスロットル編 (2006/6/17)


このクルマはサスがノーマルと異なるため車高は多少ダウンしている。

今から7ヶ月程前の11月半ばにM5の試乗記「慣らし運転編」を発表した。その時のクルマが無事に5000kmの慣らし運転を終了し、現在6000km弱となったことから、今回は続編として 「フルスロットル編」試乗をすることと相成った。M5についての詳細は慣らし運転編を参照願うとして、M5を一言で言えばF1エンジンの技術を使って発された90°V10エンジンを現行5シリーズ(E60)のボンネットに押し込んだ、正に羊の皮を被った狼の決定版という事になる。
さて、半年ぶりに再会したM5は、やはり独特のオーラを放っていた。フロントからの眺めも圧巻だが、後ろからの眺めた時の迫力は凄まじい。その理由に、フロントのパネルやフェンダーなどは5シリーズのM-Sport とかなりの部品を共有していることもあり、普通の人が見た分には525Mスポとそれ程変わらないとも言えるが、左右各2本の排気管が覗くリアの眺めは、これこそ近付くには勇気がいる雰囲気が満ち溢れている。


いわゆるVIPカー乗りから見たら究極の憧れとなるリアスタイル。DQNトラックドライバーも絶対に傍には近付かずに、遥か遠くから付いてくる。


5000kmの慣らしも終わり、いよいよフルスロットルOK状態。

久々に座るM5のドライバーズシートは、基本的には高級車のフィーリングで、普段が2シータースポーツの身には別世界に入り込んでしまったような錯覚を起すから、人間の感性なんて良い加減なものだ。 今回は冷静に室内を見回してみたが、ウエストラインから上のピラーの内張りはアルカンターラが使われている等、良く見れば普通の5シリーズとは金の掛け方が違う。 ダッシュボートの内張りもオプションでレザー張りになるが試乗したクルマは標準の樹脂系パッドだった。レザー張りのインテリアというは、本物のステッチが何とも言えない雰囲気を醸し出すから、 予算(と納期)に余裕があれば結構お勧めでもある。
ブレーキを踏みながらキーを捻るとエンジンが始動するのも、普通の5シリーズと同じだ。このクルマは05年モデルの最終版なのでキーを捻るが、06年モデルからはスタートボタン方式 に変わったようだ。アイドリングはリッター当たり100psのハイチューンエンジンのイメージとは全く異なる程に静かで、これまた高級サルーン的だ。 走り出すと静かでスムースな加速はやはり高級車で、シーケンシャルシフトのSMG−VもAT的に使えるDモードなら、トルコンATよりも多少ショックとギクシャク感はあるものの、 街中ではこれで十分に用が足りる。M5のエンジンは前回のマッサラな新車状態の時に比べて、今回は明らかに静かで滑らかになっている。 土曜日の午後は、国道に出るまでの市道は渋滞しまくっていたので、5ℓV10は正に宝の持ち腐れ的な走行を余儀なくされたが、2ベダル、それもDモード 付のお蔭で全くストレスはない。この状況で6MTのポルシェだったら、それもレーシング用に強化されたクラッチを持つGT3だったら、と考えるとゾッとする。
渋滞を抜けて国道の峠越えに入ると、全幅1845×全長4870という巨体にも関らず、流石はBMWの中でも最高性能版のM5だけあって、その操舵性はEセグメントセダンとしてはトップの性能である事に間違いはない。 ここで、センターコンソール上の短いセレクターレバーを左にカチッと押す(倒す)と、これがスイッチとなりマニアルモードとなる。ここからはステアリングコラム上に生えているパドルスイッチで、 F1のようにアップ/ダウンさせることにする。 まずは3000rpmで走行中に左のパドルスイッチを引くと、一瞬の短いブリッピングにより回転を合わせてからシフトダウンをすることで、回転計は4000rpmを指している。この操作は実に素早く確実で、聞くところによるとF1クラスのドライバーの操作をコントローラが覚えているそうで、言ってみてばコントローラーの中に小人のF1パイロットが住んでいて、シフト操作をドライバーに変わって操作してくれるようなものだ。
コーナー手前で減速しながらパドルの左を引いてシフトダウン、4000rpm程度でコーナーリングして、出口に向かって加速するという一連の動作を掴んで来て、さあ峠の後半をタップリ楽しもうと思ったら、コーナーを抜けた先に見えたのは、ロール鋼材を積んだ大型トラック。あれっ、あのロールって1個○トンだから、それが5個だと○×5で、なにっ!15トン積みにそんなに積んだら走らないじゃないか。案の定、大型の速度はヤットコ40km/hで、勾配がキツイと30km/h以下でヨタヨタ走っている。結局、この過積載トラックのお蔭で、峠の後半の最も楽しい部分をパーにされてしまった。
話を峠の前半に戻してみると、速度を抑えて最初のコーナーに入った時に感じたのは、ステアリングの軽さだった。慣らし運転の時には、ノーマルの5シリーズ、すなわちアクティブステアリングが標準で装着されている525iや530iと比べたから、 遥かにドッシリとして自然に感じた(アクティブステアリングは異常に軽くてクイックだ)のだが、ボクスターの特性に慣れてしまった現状では、M5のステアリングはパワーアシストが強めで軽いという高級車の ような特性に感じてしまう。 これだから、フィーリングを主体とするクルマの評価というのは難しい。 以前何処かの商用掲示板のレジェンドのカテゴリーで、例によって良いの悪いのやっているときに、レジェンドに試乗したら実に最高で、こんなに凄いクルマは今まで乗った事が無いと絶賛していた書き込みがあり、 最後には帰り道での自分のステップワゴンがミジメだったと締めくくられていた。なぁ〜るほど、中古のステップワゴンに比べればレジェントどころかショボイセダンだって感銘を受けるだろう。
さて、M5というクルマは制御に目一杯ハイテクを使っていて、各種のモードを切り替えて特性を変えられるが、今回は400psモードと500psモードを比較したみた。 出発から400psモードで走ってきて、それでも5リッターV10の強大な低速トルクとともに、並の大型高級セダン以上に静かでトルクフルなことに驚いたが、 ステアリングスポーク上の丸にMと描かれたボタンを押すと、メーターパネル中央上部に小さなグリーンの表示が点灯して500psモードである事が判る。 この瞬間、スロットルレスポンスは明らかに向上し、乗り心地も硬くなるが、安定性も向上するのが即座に判る程に変化する。言ってみれば高級セダンからスポーツセダンに変身するのだ。 エンジンは500psモードで、ミッションはマニアルモードを選んで、4000〜6000rpm程度を使いながらコーナーを攻めていけば、これはもう立派な峠マシンとして使えるくらいだ。 ただし、そんな走りをしたときの燃費は3km/ℓ代とか。やはり庶民には維持できそうにないようだ!

スムースなエンジンの4000〜5000rpmを常用しながら峠道のコーナーを攻めると、ハイオーナーサルーンベールとは思えない程のスポーティなドライブを楽しめる。


峠も佳境に入って、更に楽しい後半に突入・・・。
過積載の大型車が30km/hで、ヤットコ峠を越えていく場面に遭遇してしまった。

 

過積載トラックのお蔭で台無しになった峠越えの次は、高速道路に場面を移してのフルスロッル8200rpm体験を目論む。 土曜日の夕方の首都圏の高速道路は残念ながらガラ空きとはいかないようだ。取り合えず流れに乗って走りながら、少しでも空いてくるのを待つ。 遅いクルマの集団を片っ端から追い越していくが、それでも追い越し車線にも数台の先行車が見える。そのうち前の車が左に寄り、そのまた前も・・・とういうように順に左に避けてく れる。 流石にこのお面が後ろに迫れば、普通の神経なら左による事は間違いない。前が空いたところで、一段シフトダウンを行い4000rpm付近からスロットルを踏み込む。 するとV10サウンドと共に背中がバックレストに押し付けられて、回転計の針はグングンと上昇する。しかし、この時の挙動はアクまでジェントルというか、とに角スムースで、 この感覚は直6のBMW、すなわちシルキー6の加速感と基本的には共通するし、 適度な音量のエンジンサウンドも実に品がある事もBMWらしい。逆に言えば、F1エンジンを基本にしているという事実からフェラーリのようなF1その物の甲高い爆音を想像すると期待外れとなる。 それでもV10サウンドを楽しむためにサイドウィンドウを開ければ、周りには結構なサウンドをブン撒いているようだが、それでもポルシェあたりの爆裂音に比べれば遥かに大人しい。その後、数回のフル加速チャンスで試してみたが、実を言えば レッドゾーンの始まる8200rpmまでは回せなかった。一つはシーケンシャルシフトのタイミングが判らずに、早めにパドルスイッチを入れてしまう事と、 7000rpmあたりで、前の車がドンドン迫ってくるので、結局それ以上の加速を思い留まることも原因となる。

ブレーキについては、このクルマのオーナーが純正装着のパッドのダストによる凄まじいホイールの汚れを嫌って、性能低下を覚悟の上で国産の市販パッドに代えてあるので、M5本来のブレーキフィーリングではない事を前提に話をしなければならない。まず一言で言えば、クルマの格やエンジン性能から言えば、これまた 予想外に乗用車的で、長いストロークとシャキっとしない剛性感に乏しいフィーリングという事になる。と、言っても、BMWのサルーンとしては一般的だし、乗用車のブレーキとしては世界的に高い評価を受けているのだが、500psの5ℓV10を積むトップパフォーマンスマシンという目で見れば、 ちょっと物足りない。M5のオーナーが口を揃えて言う不満の最たるものが、このブレーキで、性能はとも角、見栄えを考えればチョット何とかしたくなる。今やMBはEクラスにもメルセデスのロゴが入ったブレンボー製の対向ピストンを使用しているし、レクサスだって国産(旧住友電工、現アドヴィックス)とは言え 対向ピストンを採用している(IS250は除く)時代だから、M5のピンスライドフローティング方式キャリパーは何とかならないものだろうか。


前が空いたところでフルスロットルを踏む。背中はバックレストに押し付けられて、回転計の針はグングンと上昇する。


レッドゾーン直前の8200rpmに至る以前に先の車がドンドン迫ってきて、結局減速することになる。

高速道路を降りると、土曜日の夕方の一般道はウンザリするほどの渋滞だった。こんな状況でもリッター当たり100psのハイチューンエンジンとは思えないほどに柔軟なことに感心する。 1速のままで速度10km/hで10m走っては止まるという一寸刻みの走行でも、水温が上がったり油圧が低下したりという事は一切ない。 この渋滞路には途中に結構キツイ坂道がある。2ペダルとは言っても、実際にはセミオートであるDSGVは停止中にはクラッチが切られているから、上り坂でブレーキを放せばクルマは後退することになるが、有りがたい事にブレーキを放した直後1秒程は下がらないようになっているそうだ。だから、ブレーキペダルからアクセルへの踏み替えを迅速に行えば、クルマが下がることはない。
長い渋滞を抜けてやっと出発点に着いて、今度は自分のボクスターで帰路に着くためにドアを開けてシートに座りエンジンを掛ければ、MといってもBMWはポルシェと比べれば 良い悪いのと言う前に全く違うカテゴリーのクルマであることを痛いほど感じる。メカ音の洪水を浴びながら駐車場を前進し、道路の手前で停止するためにブレーキを踏めば、これがまた異様にストロークが短くて重く感じる。 帰路の高速道路に乗るためには、先程M5で走った渋滞路を、これまた逆に走るわけで、 只でさえシビアなクラッチワークが必要な6MTで上りの一寸刻みは辛いものがあるから、ここでM5のご利益を痛いほど痛感することになった。
この狭い日本で、オールマイティなクルマといったら、Cクラスや3シリーズの中間グレード(2.5クラス)が一番だし、 もう少しユッタリ感を求めるならば525iや530i(勿論Eクラスも)だと再認識する瞬間だ。


高速を降りてから渋滞の一般道を1速、10km/hで走行中のところ。 こんな状況でもエンジンはオカシクなったり、オーバーヒートしたりはしない。


出発点に戻ったところ。この後、自分のクルマ(右側)で帰宅の途につく時はM5と比べて、なんと煩くて操作の重いクルマなんだと感じてしまった。

何の変哲も無いセダンに強力なエンジンを載せる、いわゆる羊の皮を被った狼というスポーツセダンは、昔からそれなりの市場を築いていた。 海外では普通のセダンであるコルティナにロータスのエンジンを載せたコルティナロータスが本家だし、戦後の日本でも日本グランプリの為に急遽ファミリーセダンのボンネットを延長して、上級車用の6気筒エンジンを載せたスカイラインGTなど有名どころは幾つかある。
そういう面でM5は今現在一つの究極には違いない。今回は不運な交通状況もあったが、所詮、日本の交通環境ではこのクルマは宝の持ち腐れになる運命に変わりはない。 そして、確かにスポーツセダンとしては究極の性能ではあるが、スポーツカーではないから、真の意味でスポーツドライビングをするには無理がある。なによりドライビングポジションや室内の雰囲気などはサルーンその物だし、極めてジェントルに躾けられたエンジンも究極のサルーンの位置を脱してはいない。エンジンスペックから、サルーンの皮を被ったF1マシーンを期待すると失望することになるし、価格が近いポルシェカレラと比較して、あのような雰囲気を期待しても、これまた違う。 とは言え、ゼロヨンのデーターを見る限りではM5の500psモードならノーマルカレラどころかカレラSのMTと比べたって速いくらいではあるが、加速だけならランエボだってM5と同等だ 。と言っても、M5の代わりにランエボを選ぶオーナーはいないから、やはりクルマはフィーリングが大切 で、速ければ良いという訳ではない。
M5というのは、525iや530iのM-Spオーナーが夢に抱くためにBMWが戦略上でラインナップしているクルマと思えば良いし、それを金持ちで物好きなオーナーにサービス価格で提供していると思えば腹もたたない。この方法は 日本でもニッサンがGT−R を使ってスカイライン人気を保ったように、戦略としては決して新しいものではない。もう想像がつくと思うが、今まで頑張った自分のご褒美に一生物のクルマを、予算1500万円で選ぶ時の候補としてならM5は勧めない。しかし、商売が上手く行過ぎてこのままでは税金を取られすぎて返ってキャッシュフローが悪くなるので、なんか経費の使い道はないか?なんていう恵まれた状況なら、話の種にM5を買うというのは実に良い案だと思う。それに、M5を買ってネットでオーナーの集まりでも探してオフ会に参加すれば、同じような境遇の人たちと交友が出来るし、その縁が仕事に生かせて、更にまた 余った経費の使い道を考える羽目になるかもしれない。 ただし、このクラブ、メンバーは同じでも2年後にはいつの間にかポルシェのクラブに変身していたり、更に2年後は事実上のフェラーリオーナーズクラブに変身している可能性は十分に考えられるが・・・・。 さて今回の試乗記はM5にとっては多少不利な状況でもあった事は間違いない。何しろ慣らし運転中とは言え、 コテコテのピュアスポーツであるボクスターを3時間くらい運転して到着した後に試乗するM5は、単純にスポーツドライブしか取り得のない相手と比較されるのだから溜まったものじゃない。M5の性能はセダンとしては究極なのは間違いない。これは誤解の無いように声を大にして訴えたいし、クルマもこのクラスになれば良くて当たり前で、あとは本人が何を求めるか、という事に尽きると思う。