BMW M5 慣らし運転編 (2005/11/12) 後編


一見ソクッリな5シリーズMspと比べても、本物のオーラが漂う独特の迫力がある。

ドライバーズシートに座れば基本的には5シリーズと変らないが、試乗したクルマには純正シートではなく市販品のレカロ製が装着されていたため、標準より少し着座位置が低い。それでも、基本的にはサルーンのボディだから広さも十分で、このクルマがスーパーカー並みのパフォーマンスを持つという実感は無いが、正面の目盛が330km/hまで刻まれた速度計と、8200rpmからレッドゾーンの回転計が、控えめだが、その素性を主張している。 このクルマのエンジンを始動するには、普通のクルマと同じようにキーを差込む。一段捻ればインジケータ類が点灯し、ステアリングがメモリーされた定位置に移動する様は、これも現代の高級車そのものだ。シフトレバーがNにある事を確認してブレーキべダルを踏み、更にキーを捻れば、5ℓ、V10エンジンは極普通に目覚める。ひと昔だったら、これほどの高性能エンジンを始動するには、特殊なテクニックを必要とする儀式が必要だったが、現代の、それもハイテク満載の最先端のクルマであるM5は、この点では誰でも扱える。
アイドリングも高性能エンジンという概念とは全く異なり、実に静かで安定している。広い室内と共に、まるで高級サルーン(M5も一種の高級サルーンだが)のようだ。この点では同じ価格帯とはいえ、ポルシェカレラのタイトな室内と低い着座位置に座って、ブルブルとクルマ全体が振動するアイドリングで、頭にカーッと血が上りそうな雰囲気とは対照的だ。 走り出す前に、ミラーの位置を合わせようとして、サイドミラーに視線を向ければ、何やら視界が狭く、使いにくそうなミラーが目に入る。実際に、この視界の狭さは、高速道路でのレーンチェンジなどで、極めて使い辛い。これも慣れの問題かもしれないが、BMWといえば安全性だって世界のトップを走るメーカーだから、見かけと空力特性とともに使いやすさも満足するミラーを開発してもらいたいものだ。


基本的には5シリーズと共通だが、良く見れば随所に金が掛かっているのが判る。

それでは、いよいよ走り出したみよう。

走り出すためにはブレーキを踏み、センターコンソール上の短いシフトレバーを右に倒すと、正面下部の表示部にはDと表示されて、今ドライブモードである事を示している。右足をスロットルペダルに乗せ代えて静かに踏み込むと、クラッチの多少のスリップ感はあるが、クルマは静かに走り出す。 静かにスロットルペダルを踏む限りは、V10、5ℓエンジンは普通の高級車と何ら変わらない動きをする。3000rpmまでは、エンジン音も結構静かだから、この面でも普通の高級セダンとして使っても違和感は無い。そうは言っても100ps/ℓのハイチューンエンジンだから、3000rpm以下のトルクはたいした事はない。 特に街中をDモードで静かに走っている時の回転数は2000rpm程度なので、こういう走りをする限りでは、むしろ価格的に半値の530iの方がトルク感があって走り易いかもしれない。今回は真ッサラの新車の慣らし運転中ということで2000rpmでも気にしなかったが、慣らしが済んだ段階では、果たして2000rpmというのは クルマに悪影響がないのかという疑問も起こる。そうなると街中でもSモードにして、パドルスイッチをカチャカチャやりながら走ることが必要になるのか。 SMGのDモードは世間では評判が悪いので、あまり期待はしていなかったが、結構使い物になりそうだ。特に市街地の流れに乗って走る程度の加速では、シフトアップ/ダウンのショックも殆どない。場面によっては、自動のシフトダウンをするときに、軽いブリッピングを勝手にやるが、その音は小さいながらもドキってするサウンドの片鱗を聞かせて、慣らしが終ってフルに踏みまくった時の期待を更に膨らませてくれる。
ところが、使いにくさは行き成り現れた。それは坂道の登坂中などのトルクが掛かる場合で、エンジンのトルクが必要とするのに即座にシフトダウンをしないので、トルコンATの感覚でスロットルを踏み込めば、タイムラグの後にシフトダウンをして、さらに踏み込んでいたスロットにV10エンジンが突如目覚めてビックリ する場面が何度かあった。今回のように真っ更な新車で、回転数の自主規制をしている場合には尚のこと焦ることになる。そして、このような時のエンジンの挙動はといえば、3000rpmまでは極大人しいく、エンジン音も一般高級車と変わらかったが、ここから先は突然に音が変わり、アッという間に回転計の針は飛び上がろうとする。 この時瞬時にスロットルを戻しても、軽く4000rpmまでは回ってしまうから、実際に慣らし運転が済んだ状態で、スロットルを踏み続けたならば、V10エンジンは一体ドンナ音と加速感をプレゼントしてくれるのだろうか?まあ、今回はオアズケと言う事になるが、この時ばかりは取って置きの御馳走を前に「お預け」をされたのに、待ちきれずに食べてしまったバカ犬の気持ちが良く判る。シフトのモードが違うことによるタイムラグの変り方などは、今回は時間(と知識!)が無く詳細は試す事が出来なかった。色々なモードとスイッチの組み合わせは、パソコンのようにディスプレイに使い方が表示される”ヘルプ”モードが欲しくなる程に複雑だ。やはり、この超高性能でハイテク満載のクルマを自由に転がすには、可也の慣れが必要のようだ。


メーターは基本的には5シリーズと共通のデザインだが、330km/hまで目盛が刻まれた速度計や8200rpmからレッドゾーンの回転計などが並みのクルマではないことを暗示している。ステアリングと一体のパドルスイッチは右が+で左が−と一般的だ。

シフトレバーは写真の状態がニュートラルで右に倒して鉛直になったあたりでDとなる。その後は右に倒す(押す)毎にSとDに切り替えられる。レバー手前はダンパーの切り替えで、左の3つは奥から"POWER" "DSC" "EDC"の各切り替えスイッチ。

M5のステアリングは普通の5シリーズがアクティブステアリングを装着しているのに対して、オーソドックスなラックピニオン式のパワーステアリングを装着している。アクティブステアリングは2年前の発売当時と現在では味付けが異なっているようで、特に初期のモデルは異常に軽くてクイックだったが、最近は大分マイルドなった。これは、これで他には無い魅力があるが、元々何となくわざとらしさを感じる事と、BMW独特の路面からのインフォメーションやステアリング系の滑らかな動きという面では多少劣ると感じられる。それに比べればM5のフィーリングは非常にオーソドックスで、如何にもBMWらしい。操舵力は重めで、中心から指1本分動かせば即座に反応するから、長年BMWに親しんだドライバーには全く違和感が無い。それでいて、極端にクイックというわけではない、この絶妙な味付けもBMWそのもので、しかもM5ということで予算も十分あるだろうから、BMW各車種のなかでも、そのフィーリングは最良だ。
コーナーに入ってみれば、これまた極めて安定している。試しに高速のランプウェイのキツいカーブで試してると、安定して通過できる速度が一般のクルマとはマルで異なる。このような時に助けとなるのが、ホールドの良いシートだということも実感できるだろう。例えば旧3シリーズ(E46)の標準モデルだと、クルマのコーナーリング限界の前にシートのサポートの悪さから、自分の体を支えられずに減速することになる。スポーツモデルにサポートの良さそうなシートがついているのも成る程理解できる。そんな事は当たり前なのだが、世の中にはマトモに走らないスポーツモデルや振動と騒音から4000rpm以上回す気になれない高性能エンジン、そしてそれらのクルマに標準装着されている見るからにサポートが良さそうな形状の割には、実際には見かけだけのスポーツシート等、等が多すぎる。おっと、M5の本物感に触れたらば、つい余計な事を言ってしまった。 可変ダンパーであるEDC(エレクトリック・ダンパー・コントロール)は柔らかいほうからコンフォート、ノーマル、スポーツの3段階に切り替えが可能だ。試乗したクルマが納車直後で走行が僅か数十キロの時点から運転をしたが、そんなマッサラの新車にも関らず、乗り心地は非常に良い。とくにコンフォートを選んだ場合は、525iのMspというよりもハイラインに近い程の乗り心地になる。このクルマが今後距離を重ねたら、更に良好な乗り心地になることは間違いない。一番硬いスポーツを選ぶと、当然路面の凹凸はビシビシと拾うが、それでも決して不快ではない。と、言っても、普通の走行ではノーマルで十分安定しているし、スポーツの乗り心地は不快ではないが、長時間の使用は、やはり疲れる。 次に高速道路で、後ろにクルマがいないのを確認して、急なレーンチェンジを試みると、M5の挙動は今まで乗ったどのセダンよりも安定していて、これが1.9トンの大型セダンであるとう事が信じられない程だ。これに勝てるのは、今までの経験では唯一ポルシェのカレラとボクスターのみだ。ポルシェの2車は、元々重心の低い水平対向エンジンを搭載した2シータースポーツだし、駆動形式もリアやミッドシップにエンジンを搭載した、いわば走る以外に取柄のないクルマだから、M5の挙動がいかに驚異的かという事になる。なお、この時EDCは主に”スポーツ”を使用したが、ノーマルでもそれ程は変らなかった。 と、ここまでは正に良い事づくめのような表現になってしまったが、人間の作るものに完璧は有り得ないから、M5にも当然ながら弱点はある。まず、車両重量が1.9トンに迫る程にヘビーウエイトであることからくる動作の重々しさは如何ともし難い。これが逆に扱い易さに繋がるのだが、F1エンジンを積んだスポーツサルーンという理解の仕方だと、想像したようなクイックな挙動ではないと感じるかもしれない。
もう一つは、全幅1855mm、全長4870mmという大柄なサイズによる取り回しの悪さだ。このサイズでは狭いワインディングを楽しむには、幾らなんでも大き過ぎる。 ブレーキについては基本的なフィーリングはBMW全車に共通するもので、軽い踏力と喰いつくような減速感で一般道の使用に於いては実に安心できる。M5のブレーキキャリパーは見る限りでは5シリーズの上級車種(V8搭載系)や6シリーズ、それに7シリーズとも共通のドイツテーベス社のアルミボディのフローティング2ポットのようだ。ただし、黒く塗装してある。ローターは他のBMW各車とは異なり、穴あきローターを使用している。このローターは、パッドとの摺動面が鋳鉄でハブがアルミで軽量化されている。鋳鉄とアルミの結合だけなら6シリーズでも採用しているが、M5のローターは、この結合方法が非常に凝っている。これは文章では説明できないが、一体どうやって作るのかと思うような凝りようだ。
このように、通常の使用では性能的に全く問題のないM5のブレーキだが、見かけという点では、ブレンボーの対向ピストンを装着したAMGなどに比べて、どうしても見劣りがするし、凝った構造のドリルドローターとの視覚的なバランスという点でもイマイチだ。BMWにしてみれば、フローティングの2ピストンでも性能的には十分だし、むしろバネ下重要の軽減や、ローター位置を外に出せる点でメリットがあると言いたいだろう。そうは言っても、このクラスのクルマの場合は、スペックだって重要だから、今後なんとかならない物だろうか?エボやインプの小僧に馬鹿にされたら腹がたつではないか! M5を運転していて一番感じる事は何かと言えば、F1テクノロジーのエンジンよりも、絶妙なハンドリングよりも、実は周りの反応だ。今回のコースの途中には登坂車線のある峠道があったが、このクルマが近付くと皆左の登坂斜線に入ってしまう。如何にも速そうなレガシーGTなども、即座に道を明けてくれる。考えて見れば、280ps級のクルマに乗るようなマニアの方がこのクルマの素性を知っている可能性が大だが、如何見てもM5なんて知らなさそうな普通のオジサン・オバサンも即座に道を譲ってくれたから、やはりM5のスタイルは誰が見ても普通のクルマには見えないのだろう。もっとも、この時ステアリングを握っていたのは、このクルマのオーナーだったから、その風貌にも多少の原因があった事は否定できないが・・・・。


M5のフロントに標準の8.5J19ホイールと255/40ZR19タイヤの組み合わせ。

リアは9.5J19ホイールと285/35ZR19タイヤとなる。しかし、このタイヤが減ったら、交換に幾らかかるのだろうか?何て考えるのは貧乏人の証拠か?

フロントキャリパーは形状から見て7、6、5シリーズで使われているテーベス製のアルミボディを持つ2ピストンのフローティングタイプのようだ。黒く塗装されているので、一見対向ピストンに見える。

リアキャリパーも他のBMWと共通だが、フロントに比べて更に見場が悪い!性能的には問題は無いにしても、ピカピカの対向4ピストンが覗くAMGに比べて見劣りがするのは否めない。

M5の魅力はF1エンジンに直結する90° V10エンジンをハイオーナーサルーンに積んだ、いわば羊の皮を被った狼(アグレッシブな外観の5シリーズが羊か?という疑問もあるが)ということに尽きる。高性能サルーンの代名詞と言えばAMGが有名で、地味なM5は今まで影に隠れた存在だったが、今度のE60は違う。一見只の高級セダンだから、 取引先の購買係長に「あれっ、社長、外車買ったんだ。景気いいねぇ。少し値下げしてもらおうかなぁ(笑)」なんていわれても、「いやぁ、型遅れのキャンセル品があって、結構値引きしたんでね。実際にはクラウンと大して変わらないんですよ」なんて誤魔化せる。それに誰が見ても真っ当な4ドアセダンだから、経費で落とすのは全く問題にならない。これが、例え価格的に半値だとしてもボクスター なんか買ったら、世間様にはポルシェの、しかもオープンを買ったと、あたかも犯罪を犯したように陰口を叩かれる。ましてや経費で落とすには、余程根性の据わった税理士を雇わないと無理だろう。何れにしても、このクルマを買うだけの財力と、立場上からスポーツカー丸出しのクルマには乗れないが、兎に角クルマが好きだし、半端なものでは満足できない人にとっては、今度のM5は最良な選択となるだろう。 M5のような度を越えたフラッグシップカーというのは、これがあるだけで、そのシリーズ全体の活気が増すというメリットがある。M5があるからこそ、5シリーズのMspが生きるのだ。これは国産でもスカイラインがGT-Rで人気を築いていたのと似ている。スカイラインもGT-Rに憧れたユ−ザーが、しかし予算がないので本物は無理でも、そのイメージソックリのGT-Sを買うということで人気を保っていた。それが、GT-R無き後のV35では、全く人気のないオヤジグルマに落ちぶれてしまったではないか。
そういう意味では、レクサスGSだって5シリーズと戦うのは厳しい。トヨタはF1にも参戦しているのだし、他社のコンセプトをパクル・・・・おっと、参考にするのが実に上手いから、V10の5ℓを開発してGSに載せる事を考えないのだろうか?
と、いうわけで、今回の慣らし運転編はこれでお終い。次回は慣らし運転も済んで、500psのパワーとF1サウンドを堪能した試乗記をお届けしたいとは思うが、そんな運転を安全かつ合法的に出来る場所などあるのだろうか?そんな疑問と共に、今後色々と計画を練って行こうとは思っているところだが・・・。
こんな時、つくづくドイツ人が羨ましい。