BMW M140i (2017/11) 後編


  

前編でも述べたようにインテリアは 118i M Sport (384万円) と同じだからドライバーズシートに座った感じも全く同じ、ということは走りを求めないドライバーにはこれで十分であり、618万円も出して M140i を買う必要など全く無い。言い換えれば M140i の欠点は走らない限りは234万円分の差は無いという事と、その為に世の中の殆どの日本人からすれば M140i よりも 489万円の 318i ラグジュアリーの方が高級に見えるという事だ。

そしてエンジンを始動するためのスイッチも勿論同じ場所の同じモノで、これを押すと正面のメータークラスターに各メーターが浮かび上がる‥‥何て言う最新のモノでは無く、旧来のアナログメーターだから回転計の指針が少し動く程度だ (ただしメーター内下 1/3 の燃料計目盛と燃費計だけはカラー液晶表示) 。それよりもこのメーター類は 118i M Sport と全く同じ、いや厳密には違う部分もあり、それは回転計の下付近にある "M140i" というロゴだ。それ以外、すなわち回転計や速度計の目盛やフルスケールなど全て同じだ。

う〜ん、6気筒 3.0L と3気筒 1.5L が同じメーターっていうのも何だか‥‥ねぇ。それ以降の走り出すまでの儀式も 118i と全く同じで、ゆっくりと駐車場内を移動して公道の手前で停車する。ここは歩道との段差が多少あり、前回同じ場所で M2 に試乗した時は低い最低地上高から最新の注意を必要としたが、今回の M140i は "平民" である 118i と事実上同じだから、特別な注意は必要無い。

写真21
"M140i" というロゴ以外は 118i と同じ、6気筒 3.0L と3気筒 1.5L が同じメーターメーターを使用している。
なおメーターは機械式だが一部液晶パネルを使用している。

 

上手い具合に流れが切れていたので本線に出てクルマが直進状態になったところで、半分程アクセルペダルを踏み込むと、それでもクルマは十分過ぎる程のトルク感で加速する。最近は電気モーターを使った EV や HV も増えてきて、モーターによる独特の低速トルクを体験出来るようになったが、M140i のトルク感はそれとは違うガソリンエンジン独特の旧来からのものだ。要するに電気モーターは停止時に最大トルクを発生するために発進時が特に強力だが、ガソリン車は如何に低域トルクが改善されてもアイドリングから 1,500rpm 位までは上昇カーブとなるために短時間とはいえグイーンっという増大感を感じる点で多いに異なっている。そしてこの "グイーン″ が実に気持ち良いのだ。

そのまま少し巡航して今度は走行モードをスポーツに変えてみる。これでアクセルレスポンスは更に向上し、折角だから 20km/h 位まで速度が落ちた時点でフルスロットルを踏んでみると、これはもう強烈な加速度を感じながら速度が一気に上がっていく。この時の加速感やレスポンスは何故か M2 よりも勝っているようにさえ感じる。まさかそんな、と思って両車のエンジンスペックを再度思い出すと M2 と M140i では其々 370ps と 340ps で、車両重量の差も殆ど無い。それなのに何故? と思って最大トルクを比較すると、何と M2 の 465N-m に対して M140i は500N-m と 9%以上勝っていた。

ここでボンネットカバーを開けて各車のエンジンを比べてみると、先ず 118i はB38B15A 3気筒 1.5L 136ps 220N-m であり、M140i の6気筒 3.0L B58B30A 340ps 500N-m と比べれば当然ながら 3.0L の方が明らかに大きいのは当然で、M140i はエンジンルーム内に目一杯詰まっているという感じだ。これらのエンジンは BMW の今後を背負って立つB系列のエンジンで、0.5L のシリンダーユニットを3つ (1.5L) 4つ (2.0L) 6つ (3.0L) と組み合わせる事でバリエーションが簡単に実現できる所謂モジュラー方式というものだ。そしてこれはガソリンエンジンのみならずディーゼルエンジンもシリンダーを共有すると言う生産効率抜群のシリーズとなっている。

なおこの新型エンジンの型式を見ると、最初の桁は "B" で次がシリンダー数、すなわち 3 : 3気筒、4 : 4気筒、5 : 6気筒となっているようで、と言う事は5気筒を作る気は無いという事だ。なおガソリンエンジンは左から4ケタ目が "B" (ドイツではガソリンをベンジンと呼ぶ) だが、ディーゼルでは "D" となる。この手のモジュラーシステムの先例でもあるかつてのボルボのモジュラーシステムでは寧ろ5気筒が主流だったが、まあその5気筒の出来の悪い事!このボルボのエンジンはポルシェデザイン研究所の設計だったが、ここはポルシェ自動車の系列ではあるが全くの別会社で、クルマのみならずカメラでもライターでもあらゆる工業製品をデザインしている、言っみれば外注設計専門会社だ。それを知らない当時の一部のボルボオーナーはボルボのエンジンがポルシェ製と信じていたようだ。そのボルボオーナーもその後 "外車経験" を積んで今では十分な知識でMモデルに乗っている‥‥だったら良いが、あれに懲りて「やっぱクルマは国産が一番だ!」とばかりにアルファードかなんかに乗っている‥‥とか? それともリーマンショックで破産して今では軽自動車も買えない (ザマア見ろ) とか‥‥。

話が横道に逸れたが、前述のように寧ろ M2 の方が同じ 3.0L ターボなのにトルクで負けているというのは M2 のエンジンが N55B30A という今や一世代前のモノというのがその理由だ。M2 よりも M140i (と言う事は M240i も) がトルク感で勝っているなんて、と怒っている ア・ナ・タ、こういう事は世の中にはよくある事で、例えば大学の話では憧れの MARCH に合格したが就職では中小企業にしか入れず、直ぐに嫌になって転職を繰り返しているのに、三流工業大学にしか入れなかったと馬鹿にしていた友人は東証一部上場企業に入社して高待遇を得ている、みたいなもの‥‥いやそれ程には極端では無いが。

加えて M2 と M140i の大きな違いとしてトランスミッションがある。そりゃエンジンは多少設計が古いとはいえ、M2 のミッションは DCT タイプの 7速だから迅速なシフトレスポンスではトルコンタイプの M140i よりは勝っていた当然だ。実際に乗ってみればそのレスポンスの違いはハッキリと‥‥いや実は判らない程度だった。それどころかトルコンのスリップによる回転上昇の速さが益々 M140i のスロットルレスポンスを速く感じさせるし、M2 の 7速よりも1段多い 8速AT はシフト時のきめ細かさでは勝っているという、何だかこれも踏んだり蹴ったりの結果であり、少なくとも一般公道上では「流石にMモデルだけの事はある」という感覚は無い。

写真22
M140i は直列6気筒 3.0L ターボの B58B30A 340ps 500N-m 、118i は直列3気筒 1.5L ターボの B38B15A エンジンで 136ps 220N-mと大いなる違いがある。
エンジンルーム内もぎっしりの M140i とスカスカの 118i という状況だ。

写真23
M2 のエンジンは M140i と同じ 6気筒 3.0L ターボだが、型式は全く異なり1世代前の N 型で、最高出力こそ M140i より9%程上回る 370ps だが、トルクは逆に 465N-m と M140i の 500N-m に負けている。

 

何やら "走る" については M2 の立場はまる潰れ、というよりも M140i の健闘が光った結果となったが、さて "曲がる" についてはどうだろうか。M140i の操舵感覚は BMW らしく中心付近は決してレスポンスが良いとは言えない味付けで、まあこれは想定内だが、それでも車線の広い場所で左右に振ってみると、これが結構レスポンスが良いというか軽快だ。それでは M2 と比べると如何かといえば、いや、これが、何と、どうも M2 よりも軽快感で勝っている気配すらある。そこで車両重量を比べてみると前述のように M140i と M2 でそれぞれ 1,570kg と 1,580kg であり、これは事実上同じだった。となるとタイヤの影響だろうか? タイヤサイズは M140i が フロント 225/40R18 リア 245/35R18 、 M2 ではフロント 245/35R19 リア265/35R19 という具合に M2 の太さが際立っている。重量が等しくてエンジンパワーも M2 が 9%勝っている程度でトルクに至っては逆転している訳で、これで M140i のタイヤサイズで十分ならば M2 はオーバースペック (サイズ) ということになり、軽快さでは裏目に出たとも考えられる。

それなら旋回特性は如何だろうか? 試乗コースの途中にある唯一のマジな中速コーナーに少し速目に飛び込んでみると、弱アンダーで安定したコーナーリングを示したが、このアンダーの具合は限りなくニュートラルを旨とする BMW 車としてはチョッと多目でもある。それでは M2 は如何かと言えばこれも似たようなもので、今回 M2 の記憶に対して明らかに異なるという事はなかった。まあ試乗記を見てもらえば判るが、M2 自体が決してニュートラルなクルマとは言えないのは、やはりCセグメント車の鼻先に強引に6気筒 3.0L ターボエンジンを積め込むという悪条件が災いをしていて、これを考えれば十分優秀なのだが‥‥。因みに外観上は殆ど変わらないで価格が 234万円も安い 118i M Sport の車両重量は 1,430s と M140i よりも140kg も軽く、実際の操舵感は明らかに軽快で、旋回特性もよりニュートラルだった。まあこれは他のシリーズでも同様であり、千数百万円の M5 やアルピナ B5 よりも価格的に半値の 523i の方が明らかに軽快でニュートラルステアと言っても良いくらいに素直だったのと同じ事だ。

なお M140i と 118i M Sport の140kg の差は主にエンジンの重量差だろうから、 M140i は 118i に比べて明らかにフロントヘビーの筈で、これを技術と経験で何とかしているとはいえ、絶対的な重量差はどうしようもないと言う事だ。言い換えれば M140i も M2 も、こんなエンジンを詰め込んでよくもまあ成立していると感心すべきだろう。因みにこのクラスのライバルである AMG A45 は4気筒 2.0L を目一杯チューニングして駆動方式は 4WD 、んっ、4WD? M140i は RWD だった! そうかあ、 M140i でも異様に太いリアタイヤは RWD によるファイナルオーバーステアを防ぐ意味もあったのかもしれない。そういう意味では M2 でさえじゃじゃ馬感は全く感じられなかったなぁ。フルスロットルでもシッカリと真っ直ぐに走ったのは大したものだったんだ。

最後に止まる、すなわちブレーキについてだが、ホイールから覗くブレーキキャリパーは見るからに高性能そうなブルーに塗装されてMのロゴまで付いたフロント4ポット、リア2ポットのアルミオポーズドキャリパー、要するにブレンボ製の定番が付いている。ややっ、これって M2 と同じじゃん。対する 118i は当然ながら極々普通の片押しシングルピストンキャリパーと言う具合に、見た目では大いなる差が付いている。それでは M140i のブレーキフィーリングはとえいば、これはもう伊達にオポーズド付けてねぇぞ、という事で 118i に比べれば明らかに初期の遊びは少ないしダイレクトなフィーリング‥‥と期待すると、残念ながら大した違いは無い。なお M2 の場合はローターに穴あき、すなわりドリルドローターを使用している。これにより冷却性が向上‥‥するかどうかは判らないし、ドリルドローターの利点は何かと言えば‥‥ハテ? あっ、そうそう、欠点なら有りまっせぇ〜。あの穴から亀裂が入り易いということで、サーキットで激しいブレーキングでもすれば直ぐにひび割れ煎餅みたいになる事請け合いだ。

←写真24
タイヤサイズは写真のフロント
  M140i:225/40R18、M2:245/35R19、118i M Sp:225/45R17
リアは
  M140i:245/35R18、M2:265/35R19、118i M Sp:245/40R17


写真25
M140i と M2 はフロント4ポット、リア2ポットの対向ピストンキャリパーで更に M2 はドリルドローターを採用。118i はオーソドックスなシングルピストンの片押しキャリパーと、ここは大いなる差がある。

さて、そろそろ結論に入ろう。もう言うまでも無く性能的には M2 と比べても殆ど遜色が無くて価格は 200万円以上も安い M140i は性能を求める硬派なユーザーには十分に満足出来る内容を持っている。問題は M2 のカッコ良さが全く無い事だ。しかし考えれ見れば M2 だってサイズ的に優雅なクーペというのは無理だからそれ程カッコ良いというモノでも無い。となればヤッパリ M140i が一押しか? いや待てよ、幾ら硬派と言ったって日本の街中では殆ど出番の無い 3.0L なんかよりも見かけはほぼ同じで価格は 234万円も安い 118i の方が買い得となってしまう。いやまあ 1.5L の 118i とまでは言わなくとも、2.0L の 120i M Sport だって 452万円だから M140i よりも 165万円も安い訳で、この辺は各ユーザーの予算と求める性能で選ぶという事になる。

まあその前に1シリーズを選ぶべきかどうか、という選択だって有る訳で、120i M Sport に 452万円出すならばあと26万円出せば 318i Sport が買えるという、何とも上手い価格体系になっている。結局一番得なのは BMW を買うなんて考えずにノートハイブリッドでも買っておいて、余った分を住宅ローンの繰り上げ返済に回した方が家庭は円満だったりして‥‥。