ABARTH 695 EDIZIONE MASERATI (2013/5) 後編
  

今回は下町の狭い道路で運転を交代して運転席に座ると、正面のメーターは先程まで見ていたアバルト500の黒字に白文字から一転して白い盤面に黒い文字となるが、実はこれがハイコントラストで視認しやすいことに気が付く。フラウ製のレザーを使ったシートの座り心地もすこぶる良くて、軽を除けばおよそクルマとしてはミニマムサイズであることを忘れるくらいだ。エンジンは既に掛かっていたが、始動する際は金属キーをステアリングコラム右側のキーホールに入れて右に回すというオーソドックスな方式だが、500と同様にこの手のクルマにインテリジェントキーは似合わないから、むしろこれで正解だ(写真21)。

このクルマのミッションはセミオートタイプであり、いってみれば2ペダルのMTだが、最初に戸惑うのはシフトレバーのあるべき位置にレバーらしきものが無いことで、何やら丸いスイッチが4つばかり並んでいて、そこには其々1、N、A/M、Rの4つの文字があり、Nはニュートラル、Rはリバース(バック)、A/Mはオートマモードとマニュアルモードの切り替えだろうということは判るが、1はといえば、さて何だろう?多分1速に戻るのではないか(写真22)。などと想像しながらA/Mを押してみる。そう言えば、このボタン操作はまるで(写真で見た)フェラーリのF1シフトみたいだ。パーキングブレーキはセンターコンソールの後端にあるオーソでックスなレバー式が採用されている。そしてパーキングレバーの先、センタークラスター下端にはEDIZIONE MASERATI のエンブレムが隠れていた(写真25)。

そして恐る恐るアクセルを踏んでみると、外観からは想像が付かないくらいに重厚に走りだした。そのまま裏道を表通りに向かって走るが、なにやらアクセルレスンスが異様に悪いような気がするし、ステアリングをフルに切っても狭い道の左折ではギリギリ一杯だし、100m程走っただけで裏道の走行には全く向いていないことが判る。表通りに出て加速する時も、やはり2,000rpmくらいまでは今時のクルマとしては信じられないくらいにレスポンスが悪くA(オートマ)モードの走行では苛々が募るだけだ。ただし、発信してからモアーっと回転が上がって行くのをジッとこらえて、2,000rpmくらいになると急に元気が出てきて、3,000rpm辺りの勢いはバックレストの背もたれに背中がめり込むような強烈な加速を味わえる。

次に、マニュアルモードにして極力3,000rpm以上で走るようにすれば、小さなボディはグングンと加速をする、という走りこそがこのクルマの唯一の楽しみ方と言っても過言ではない。それにしても、このドッカンターボは、好き者には堪らないだろうし、普通のドライバー(どころが結構なマニアでも)からみたらば使いづらくてどうしようもない、ということになる。

マニュアルモードでのシフトはステアリングホイールに組み込まれたバドルスイッチを使用するのは最近の世界中で行われている方式なので違和感は全くない(写真23)。なお、マニュアル操作はこのステアリングパドル以外に方法は無い。そりゃそうだ、シフトレバーとかセレクターが無くて只の丸いスイッチなのだから。そのマニュアルモードでのレスポンスはといえば、これはポルシェのPDKに迫ると言っても嘘にならないくらいにパドルを引いた瞬間に間髪を入れずにシフト動作が行われるが、例によってアクセルの電子制御で実にスムース‥‥なんてことが有るはずもなく、あくまでもMTのクラッチ操作を自動的にやってくれるだけだから、アクセルは自らコントロールする必要があり、それをしないと変速ショックは絶大となる。


写真21
エンジンの始動はステアリングコラム右側のキーホールにキーを挿入して捻るというオーソドックスなものだ。


写真22
セミオートミッションはシフトレバーの位置に4つのボタンがあり、これで選択する。


写真23
MTモードではステアリングパドルでシフト操作を行う。


写真24
セミオートミッションのためにペダルは2つ。ペダル類の質感は高く、特にブレーキペダルはサソリのマークが浮き出している。


写真25
パーキングブレーキはオーソドックスなレバー式。
その先を見るとセンタークラスタ下端にはEDIZIONE MASERATI のエンブレムがある。

ということで、本気になった時の動力性能は確かにAセグメント車としてはダントツだし、フル加速時の安定感も中々良く、気を張っていないとクルマが何処へ行くかわからない、何てことも無い。しかし、日本の街中でごく普通に使った場合はアバルト500と比べるどころか、軽自動車よりも加速のトロいクルマとなってしまい、とても一般人にはお勧めできない代物だった。まあ、こういうクルマは非現実的なほうが合っているから、これで正解だとも思うが。

ところで、運転中に常に目に入るメーター類について触れておくと、冒頭少し触れたように500の場合は黒字に白い文字が意外と見辛かったが、695Maseの場合は白地に黒と白黒が逆となり、この方が幾分見やすいが、相変わらず文字は小さくて目盛は異常に細かいから、近くが見辛くなってきた年配者は勿論のこと、若者だって決して見やすくは無い筈だ(写真25)。もしかして、イタリア人は異常に視力が良いのだろうか?


写真26
500と比べて白/黒が反転しているメーターは多少視認性がアップしたが、相変わらず細かすぎる目盛や小さな数字が見辛い。

写真27
直4 1.4Lターボエンジンは500の135ps/5,500rpm 18.4kg-m/4,500rpmから180ps/5,500rpm 25.5kg-m/3,000rpmへと大幅にチューンナップされている。

ところで肝心のハンドリングはといえば、今回はそれをテストする時間も場所も無かったが、意外とおとなしかった500と比べると遥かに活発で、その気になればグイグイと曲がる事が可能だが、フィーリングは想像通りにFFっぽくて、ドッカンターボと共に理屈を良く判っているマニア向けだ。当日は激混みの都内ではあったが、幹線道路で一瞬付近がガラ空きになった時に、左右に激しく車線変更するような下品な運転をしてみると、実に活発に走れて気分爽快だが、傍から見れば馬鹿丸出しでもあるから、いい年したジジイ、どころか30歳過ぎたら、ちょいと恥ずかしい。まあ、それでも見る人がみればアバルトのスペシャルモデルだから仲間内なら「あんたも好きねぇ」なんて言われる程度だが、これがスイスポやヴィッツRSだったりすると、いい年して乗るのは(たとえ大人しく走っていても)正に恥ずかしい事になる。

乗り心地については、意外に良かった500と比べると、695Maseは乗った瞬間から硬さを感じるが、それでも狭いトレッドと相対的に背の高いボディからくる不安定さは無く、硬いながらも十分なストロークがあるようで、無闇に固めたサスで不安がある国産の軽自動車スポーツモデルとは大いに異る。それに、硬い乗り心地もガキっぽい硬さではなく、十分に洗練されているのは流石に欧州の歴史を感じる。

695Maseが500と大きく異る部分としてブレーキがあり、500が鋳物のショボいキャリパーを赤く塗るというアバルトらしくないセコい手法でフィアット500との差別化をしていたのに比べれば、こちらは本格的でフロントに高性能車の定番であるブレンボ製のアルミ対向4ピストンキャリパーを奢っている。しかし、色は赤ではなくシルバーで、ロゴもABARTHではなくbrenboとなっていて、流石のアバルトでも自社のロゴを付けてもらえなかったようだ。確かにブレンボがbrenboではなく、カーメーカーのロゴを付けるのはFERRARIやPORSCHなど世界のトップパフォーマンスカーのメーカーであり、それ以外ではbrenboとなっている。えっ、でもスバルSTIやLEXUSの一部なんかはメーカーのロゴが入っているじゃあないか?なんて言いたいだろうが、日本の場合は国内にブレンボタイプのアルミ対向ピストンキャリパーを量産しているA社があって、「うちに出せばロゴはサービスしまっせー」なんて売り込んできたり、でも性能がといえば「うちはF1のトップチームでも使ってもらってますんで、街乗り用なんかはへの河童っすよ」なんてやられては大変だから、流石のブレンボも日本向けは大分譲歩しているようだ。

それでブレーキフィーリングはといえば流石はブレンボで、最初のひと踏みから短い遊びとリニアな効きがハッキリ認識できる‥‥という事はなく、チョイ乗り程度では500との大きな違いは感じなかった。


写真28
ホイールは専用のデザインでタイヤサイズは205/40R17と500の195/45R16よりもワンサイズ大きい。


写真29
500と異なりフロントにはお馴染みのブレンボ製アルミ対向4ピストンキャリパーが標準で付いている。

ここまで読み進んでいただけたなら敢えて結論を言うまでもなく、アバルト500が特殊なマニア向けなら、こちらは末期的な変態向けとでもいうべきか、日本で100人(1台は試乗車に下ろしたので99人)くらいなら存在するかも知れない重症者向けということだ。

でも、まあ世の中いろんな人がいろんなことを考えているから、これはこれで良いのだろう。

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