SUZUKI WAGON R STINGRAY T 後編
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エンジンの始動はインテリジェントキーとプッシュボタンによる方式で、まったく軽自動車にこんな仕掛けが必要なのかと思ってしまうが、メカ式のキーシリンダーに対して電子式のインテリキーというのは数量が大きければ意外にコストが安いのかもしれない。アイドリングは3気筒であることがハッキリ判る程度の振動があるが、エンジンが温まってしまえば停止時はアイドリングストップ機能があるので実害は無い訳で、この機能はショボいエンジンには救いになるようだ。

ATセレクターはセンタークラスターのエアコンパネル隣からほぼ水平に生えている、いわゆるインパネシフトというヤツで、解除ボタンを押しながらガチャガチャと直線的に手前に引いてDに入れる。パーキングブレーキは足踏み式で、勿論踏む度にオン/オフと繰り返すプッシュ/プッシュタイプとなっている。

  

駐車場から狭い裏道をゆっくりと20m程進んで国道と交差する信号で停止するまでの間でも、既に軽自動車とは思えないトルク感が感じられる。信号が青になって左折して国道バイパスに入ったので2/3程度にスロットを踏んでみると、軽とは信じられないくらいの加速で回転計の針は4,000rpm位まで上がって加速して、あっという間に60km/h程度まで速度が上がり、この時の回転数は5,000回転くらいを示していた。この加速感は1.2Lクラスのマーチよりも上回っているし、マーチのエンジンにスーパーチャージャで過給しているノート(NAもある)にも勝るくらいだ。今までに軽自動車のターボモデルは何度か乗っているが、これらに比べてもスティングレイTの加速は明らかに上回っている。

今度は一般道に入って40〜50q/hのクルマの流れに乗って走ってみると、回転計の針は1,500rmp辺りを示しているが、ちょっとアクセルを踏むと2,000rpm位にまで即座に上昇するし、ちょっと強めに踏むと2,500rpmまで上がり、さらに踏めば踏んだ分だけ回転数は上昇する。そして、殆ど惰性で走るように流してみると1,000rpm位まで下がることもあるが、当然ながらちょっとでも踏み込めば1,500rpmまで上がる。そのうちに前車が右折のために減速したことで、当方も20q/h程度まで速度が落ちたところから再加速のためにハーフスロットルを踏んだら、その直後にズンっという軽いショックを感じて回転計は1,000から2,000rpmに上がったのは恐らく副変速機が作動したのだろう。それにしても、この軽とは思えない動力性能は寧ろ街中のゴミゴミした交通の中でも充分にメリットを発揮する。実際、軽自動車ユーザーで、一度ターボモデルのオーナーになると、買い替えの時もターボを選ぶそうで、確かに自然吸気には戻れないのだろう。

しかし、ここで一つ疑問が湧いてきたので後ほど調べてみたらば、自然吸気(NA)のノートXは車重1,040sで79psだからパワーウェイトレシオは13.2s/psで、スティングレイTは820sに64psだから12.8s/psであり思ったほどには変わらないにも関わらず、実際の加速感は圧倒的にスティングレイTが優っているのは何故だろうか。それどころか、スーパーチャージャを装着しているノートの上級モデル、メダリストの1,080s/98ps=11.0s/psよりも加速感では優っている位だ。そこで、車重に対してパワーではなく最大トルクで割ってみるとスティングレイTは85s/s・mで、ノートXは96s/s・mとなり、成る程加速感で勝るわけだ。結局、CVTの場合は最高出力回転数まで回ることは殆どないから、パワーというのは実際の走行にはあまり関係しないということだろうか。本当は両車のトルク曲線から低回転時のトルクを比較してみたかったのだが、最近のクルマはトルクカーブが発表されていないようで、残念ながらこれは出来なかった。

走行中にふとステアリングホイールのスポーク付近を見たらば、なんとパドルスイッチらしきものが付いているではないか。まあ、試乗車は軽とはいえ150万円という普通車顔負けの価格だから、パドルくらい付いていてもバチは当たらないだろうが、これでは普通車の立場はまる潰れだ。ATセレクターのパターンをみるとDの下にMというポジションがあったので、早速使ってみた。正面のメーター中央のディスプレイにはMの表示がでて、そこから右のパドルを引くとアップ、左がダウンという極々オーソドックスなパターンになっている。それで実際に使ってみた感想はといえば、一般的なCVTのスポーツモデルと同様に、決してレスポンスは良くないが使い物にならないという程ではなく、さりとてマニュアルモードを覚えたら止められなくなるという程良い物でもない。VW up!のようにマニュアルモードが基本でDはオマケというのとは逆で、CVTの場合はマニュアルモードがオマケというところだ。

試乗車の乗り心地はかなり硬い部類に入り、走行中は常に細かい振動が伝わってくるし、国道などによくある滑り止め用の舗装の粗い(ザラザラした)路面では、ザーという音共にステアリングホイールを通じで細かい振動が伝わってくる。この原因はどうも最近のエコ志向のタイヤにあるようで、硬くすることで変形を防ぎ走行抵抗を減らすことで燃費をアップする目論見で、その代償として乗り心地が悪くなるということだ。タイアが硬い事とともにサスペンションも硬いセッティングとなっているようで、お陰で安定性は良く軽とはいえフラフラしたりすることはない。しかし、先代ワゴンRはもっとしなやかで安定性も上回っていた覚えがあるが、ターボモデルではなくコンフォートモデルだったこともあるから、新型もFXなどならもっとしなやかで安定性もあるのかもしれない。と、余計な宿題を抱えてしまった。

ステアリングは適度にクイックで中央付近の不感帯も少なく、ちょっと前に試乗したニッサン ラティオよりもステアリング系の剛性感は上回っている。片側2車線の国道で前後にクルマがいないことを確認して急なレーンチェンジをやってみると、結構クリックに反応するステアリングが機敏な動きを与えてくれるが、ここでちょっと調子に乗ってある一線(といっても大したことはないが)を超えた瞬間に急に妙な挙動の気配を感じて、やっぱりこれは背が高くて幅が狭い軽のハイトワゴンだったことを思い出した。そう、無理は禁物だ!

    

ブレーキは街乗りに使う分には適度な踏力で効きも良い。ブレーキが効くなんて当たり前のようだが、十年以上前の軽自動車は街乗りでも不安になるくらいに効きが悪かったり、ストロークが異常に大きくて、ペダルを踏むとグニューっと奥まで入って床に着きそうになるなど、結構ヤバイ状況だったが、その面でも最近の軽自動車は進歩したものだ。

スティングレイTは価格が高いだけあってアルミホイールと165/55R15タイヤを標準装備している。そこでホイールのスポークの隙間から見えるブレーキを覗いてみると、フロントのディスクローターはホイールに比べて小さくスカスカになっている。それどころか、リアに至ってはちょっと見るとブレーキがない!なんて思う位に小さいドラムが付いている。まあ、車重が800kg程度しかないからブレーキなんてこんなものでも充分だろうし、リアの重量配分が少ないFF車だからリアのブレーキ力なんて本当に少なくても充分なのだろう。

1.6L並の動力性能と充分にクイックなステアリング。しかし一線を超えると急に牙を見せ始める挙動。そして、最近は充分な剛性があるとはいえ、もしもの時に安全性と考えれば不安もある軽規格のボディ。しかし価格的にはノートXよりも20万円も高く、確かにノートXに比べれば動力性能で勝り、内装の高級な事でもある面ではノートを上回ってはるが、いざ購入するかといえば考えてしまう面もある。長年普通車のみを乗り継いできたオーナーから見れば、やはり軽に乗り替えるというのは大いなる冒険であり、大変な決断を必要とすることに変わりはないようだ。

注記:この試乗記は2012年11月現在の内容です。