ニッサン キックス RX 4AT

ニッサンから新発売されたキックスは見てのとおり三菱パジェロのOEM版で、ニッサンの発売する軽自動車としては、ハイドワゴンのモコ(スズキMRワゴン)、オッテイ(三菱eKワゴン)、ベーシックな低価格車のピノ(スズキアルト)、1ボックスワゴンのクリッパーリオ、同じくバンのクリッパーバン、そして いわゆる軽トラのクリッパートラック(何れも三菱ミニキャブ)と7車種に加えて、キックスで8車種となった。
このパジェロミニが発売されたのは1998年だから既に10年モノで、何を今更の感もあるが、果たして現代の 進歩した軽自動車に対して、対抗できるのかという疑問もある。外観上でのオリジナルとの違いはフロントマスクがニッサン風になっていることで、これはニッサンが他車からOEM供給されている軽自動車全てに共通している。それにしても、コレだけで、パジェロミニがエクストレイルの子分に見えてしまうから不思議だ。

キックスのバリエーションはベースグレードのRS(4AT:147万円、5MT:140万円)と高級装備のRX(4AT:159万円、5MT:153万円)の2グレードで全て4WDとなる。試乗車は上級のRX 4ATだから、 オーディオを含めれば160万円を軽く超えるという、殆ど1.5ℓ級セダンに匹敵する価格となる。



後ろに回って、今時珍しくスペアタイヤを背負っている右ヒンジのリアゲートを開けて見ると、リアシートの後ろに あるラッゲージスペースはやはり軽らしく狭いが、リアシートを畳むことで充分なスペースが得られる。それじゃあ2人しか乗れない?いや、元々このクルマは2+2 と割り切りが必要だ。






薄っぺらなドアを開けて見えるのは 正にプラスチッキーな室内で、更にはリアのスペースはマトモに大人が乗ることは無理そうだ。シート表皮は決して悪くないのだがシートの座面長さが短いために、チョット大柄なドライバーだと尻の後部のみで体全体を支えることになり、10分も乗ると尻と太股が肉離れを起こす・・・といのはオーバーにしても、このシートの出来の悪さはキックス最大の欠点となる。
リアシートのスペースは最小限でフロントに170cm級のドライバーやパッセンジャーが座ったら後席の膝元は殆どスペースが無いし足を置くスペースも怪しいから、これはもう ワゴンR等とは違い、2シーターのレジャカー&コミューターと割り切るしかない。



エンジンの始動はインテリジェントキーを所持してスタートボタンを押すという最近では当たり前の方法・・・・ではなく、キーを差し込んで捻るという一時代前の方式だ。150万円も出してそりゃあ無いだろうと言いたいところだが、10年前に発売されたクルマなのだから我慢するしかない。
ATセレクターをDに入れて、ブレーキペダルから足を離すのだが、クリープは殆どなく、クルマは全く進まない。そしてアクセルを踏むと初めて動き出すのは何となく不思議な感覚だが試乗の最後のあたりでは違和感は無くなっていたから、オーナーになれば問題ないだろう。動力性能は軽としては最高の部類で、この旧式な構造で重い(980kg)にも関らず、下手なコンパクトカーよりも力強い加速をする。


勿論良いことばかりではなくて、走行中のエンジンは巡航時でも常時2000rpm以上で回っているし、チョット加速をしようとすればトルコンのスリップにより 回転計の針は3000rpm以上に跳ね上がるし、場合によっては4ATは即座にシフトダウンして4000rpm程度で回っている。そのために、常にエンジンの排気音が盛大に聞こえてくるし、ちょっと踏めばヒューンというターボの音が、これまた遠慮会釈無しにキャビンに侵入してくる。

トルク特性を見ればわかるように、2000rpm以上回さないとマルでトルクが 出ないから、常に高回転で使用するしかないのだが。このクルマは軽量な1ℓの自然吸気エンジンが本来の姿なのだろう。
でも、まあ煩いといっても決して 不快でもないから不思議なもので、ある面スポーツカーのようなもので、好き物にとっては決して悪い事ではない。と、いうことは、普通のユーザーからみれば、煩くて乗っていられないという事もにもなるから、誰にでも勧められる車ではないようだ。

このクルマはパートタイム4WDだから、普段の走行時にはFRとなっている。ATセレクター手前に別に立っている4WDのセレクターは通常の2H(FR)走行から1段押すと4Hとなり、駆動軸は前後が直結となる。 この状態でステアリングを切ると前後の車輪で回転差が発生してしまう為に、路面μ(摩擦係数)の高い舗装路では回転差を吸収できずに車が止まってしまう、タイトコーナーブレーキング現象が発生するので、舗装路での4WD走行はご法度となる。 なぁんだ、使えねえなあ、なんて思うのは素人で、実はこの直結による4WD方式こそが真にヘビーデューティーな場面では頼りになる方式で、前後直結ということは前輪が滑っても確実にリアに駆動力が伝わるので、極悪路では至極具合がよい。 更に厳しい条件の場合は、4WDセレクタを更に手前に押して4Lとすれば減速比は2倍になるので、極低速での走行が可能になる。この副変速機を搭載しているか否かが本格的な悪路走行が可能かどうかの判断となる。

キックスはコラムが下から上に向かっている為にステアリングホイールも現代の標準からは立ち気味で、下端が近くて上端が遠いので、ドライビングポジションは トラック的でスポーティとは縁遠いことになる。出来の悪いシートと立っているステアリングコラムと聞くと、操舵感なんてボロボロと想像するだろうが、実際に走ってみれば驚くほどにクイックで回頭性が良い。高い重心にも関らずに結構安定したコーナーリングは、軽自動車としては例外的なニュートラルステアなので実に不思議なのだが、考えて見ると、このクルマは通常はFRで 。しかもショートホイールベースということで操舵感という面では圧倒的に有利なのだ。最近のFFは実に良くなっているし、今時FRに拘ることも無いとは良く言われることだが、こうして見るとやはり違いは大いにあるようだ。
キックスの乗り心地は当然硬めだが不快というほどけはなく、このクルマのキャラクターからは丁度良いチューニングといえる。それにしても、時代遅れのクロカン軽自動車がこんなにもFun to Driveなことを発見したのは大いなる収穫だった。

試乗したRXは上級グレードなので標準でアルミホイールが装着されていた。タイヤは185/80R15で、最近では稀になった80タイヤだが、クロスカントリー4WDとしては当然の選択となる。既に述べたように硬いながらも乗り心地が良いのは、このタイヤのお陰もあるようだ。
ブレーキはフロントディスク、リアドラムで軽自動車の標準的なものだが、踏み始めに多少の剛性不足が感じられるが、一度効き始めればドラムブレーキのメリットであるドラムの剛性の高さから、それ以上はビクともしない特性となる。ただし、踏力に対してリニアにストロークするような特性を求めるのは無理というもので、前回試乗したワゴンRもこんな特性だったから、軽自動車としては標準的なのだろう。そういえば数年前に乗った、さる軽自動車のブレーキは、驚くほどストロークが長くて、踏めば踏むほどべダルは沈んでいくのに驚いたから、軽とはいっても最近は進歩したのだろう。

このニッサン キックスは意外にも今時珍しいスポーツカーのような、運転自体が楽しいクルマだった。今更とは思ったが、この手のクルマは既に完成されていて、10年前の設計でも現代に通用してしまうのかもしれない。ジムニーに比べればイマイチ本格派とはいえないが、それでも最近流行の軟弱なSUVに比べれば充分に硬派で本格的だから、結構悪路でも使えそうだ。そういう意味では、舗装路から外れたところでも走れるからアウトドアが好きなユーザーのレジャー用にもなるし、普段はコミューター代わりに買い物に使ったり、通勤車 として使ったりと用途は色々考えれる。こんな時に一番の問題は出来の悪いシートで、小柄なドライバーを除けば短時間でも座っているのに耐えられない部類なのが、実に残念だった。まあ、シートなんていうのはアフターマーケットで色々売っているから、購入後に取り替えてもいいのだが、元々軽自動車としては高価な設定だから、益々投資金額は増えてしまうという問題もある。

キックスの販売は好調のようで、ディーラーのセールス自身が気に入って自分で買って足クルマにしたいと思ったら、今時点でのデリバリーは1月過ぎ、しかも、納期を少しでも早くするためにお客さん優先でニッサン関係者は後回し・・・・とか。オマケに従業員に対する特別割引も今のところ無しだそうだ。ディーラーマンも含めて、今まで三菱車という事で、こんなに面白いクルマの存在を知らなかったユーザーが、新たな購買層として出現したわけで、その意味では三菱の販売網はイマイチということになる。やっぱりクルマは販売網が最重要で、そういう面ではトヨタの強さは当分変わらないかも知れない。
ニッサン キックスに興味を持たれたあなた。一度試乗をしてみたら如何でしょうか?ただし、10年以上前の設計で、おまけに軽自動車だから衝突安全性などは不安があるのもまた事実で、買うにしても悩みは尽きなさそうだ。

注記:この試乗記は2008年11月現在の内容です。