ニッサン クリッパー GLハイルーフ
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最近の軽自動車は以前に比べると安定性や騒音などの面で驚く程の進歩を遂げている。その昔、いやホンの10年ほど前の軽自動車といえば、操舵性なんていう言葉が虚しくなるほどに不正確なステアリングと直進を維持するのも気が疲れるような出来の悪いサスとヨレヨレの低剛性ボディなど、ハッキリ言って危険な乗り物だった。そこで気になるのは、軽の中でも最も実用性を重視され、言い換えれば安物の極致でもある軽トラも、現行発売車ならば大いに進歩しているのだろうか?という疑問が湧いてくる。そこで、乗ってみたのが農家でお馴染みのいわゆる”軽トラ”ではないが、軽運送などでお馴染みのキャブオーバーの1ボックスバンを引っ張りだしてみた。
 
今回の試乗車であるニッサンクリッパーは見てのとおり三菱ミニキャブのOEM版で、グレードは 上級のGLハイルーフ、4ATで価格は1,244,250円と決して安くはない。

このクルマは4ナンバーの貨物車だけあってリアのドアは両再度ともパックリと開け放つ事ができる。




リアシートはバックレストを倒した(写真上左)後に更に前方へ180度回転させる(写真上右)とフラットなスペースが出現する。リアゲートを開けてみると、この広さが認識できるだろう(写真左)。実際にはこの状態がクリッパー本来の使い方となる。
リアシートを畳んだ状態での最大積載量は350kgで、車輌重量が910kgに乗員2名を加えたときの車輌総重量は1,370kgとなる。











リアシートは完全な”おまけ”と割り切るしかない代物で写真左のように座面やバックレストの寸法は最小限だし、ヘッドレストもない。 法律上はこのスペースに乗ることが出来るという程度で、安全性なども最低限度としか思えない。まあ、売っているのだから法規には適合するのだろうが。
フロントシートはエンジンカバー(エンジンは床下)の上に薄っぺらいクッションを載せた構造となっている。試乗車は上級のGLだからシートは座面にファブリックが使われいるが、他のグレードは全てプリントレザー(要するにビニール製)が使用されている。これはフェイクレザーというよりも、昔懐かしいビニールシートというヤツだ。
この薄っぺらいフロントシートに座ったときの姿勢は正座スタイルというか背筋を立てて、足は垂直に降ろすことになる。そしてステアリングホイールは乗用車と比べれば水平だからマルでバスの運転手のような運転姿勢となる。

ところで、エンジンの写真を撮ろうと思ってフロントボンネットを開けようとして解除レバーを探したが・・・・ないっ!
そう、このクルマはキャブオーバータイプだからエンジンはドライバーの尻の下。従って前席と外界を隔てるのは鉄板1枚!かと思いきや一応クラッシャブルゾーンらしきものは採ってあるようだが、 左写真のようにペダルの手前にむき出しのストラットタワーが見えているから、ドライバーの足は限りなくフロントボディパネルの近くにある。正面を潰したらドライバーは無事ではすまないのは言うまでもない。



エンジンを掛けた瞬間から何やら安っぽい振動がシートにボディ、そしてステアリングを通じで伝わってくる。妙な角度のブレーキペダルを踏みながらATセレクターをDに入れてイザ発進。ディーラーの駐車場でゆっくりと走りなが ら直角に曲がる為にステアリングを切ると、 トラックのような水平近くまで寝ているステアリングはグルグルと何回も回す必要がある。キャブオーバー車というのは独特の曲がり方と共に驚く程に回転半径が小さいもので、だからこそ全長12mもある大型貨物車が一般道で左折できるのことになるのだが、 クリッパーは軽自動車だから元々外寸は小さいから、小回りは効くのなんのって、これならどんな細い道でも余裕で入れそうだ。
 
と、関心したのも束の間で、駐車場から一般道に出た瞬間に世間の厳しさを知ることになる。そこはお馴染みの片側2車線の国道バイパスで、実際のクルマの流れは70km/h程度だから、その流れに入ってフル加速するのだが、660ccのNAエンジンは尻の下でガーガーと唸っているが速度計の上昇は極めて緩慢で、その加速は 感覚的には半蔵門線等の新型地下鉄以下だ。それにしても電車より加速の悪いクルマなんて・・・・。
この悲惨な動力性能に対して唯一の救いは、試乗車が(軽貨物としては)上級モデルで4速ATを装着していて、このキックダウン特性が驚く程に敏感だったことだ。例えば、渋滞の中 15km/h程度でユックリと巡航中に前が流れ出して前車との車間が空きすぎた場合などに少しアクセルを踏むと直ぐに2速にシフトダウンされる。今度は更に強く踏 んでみると行き成り1速までダウンして、エンジンは盛大な悲鳴を上げる。それでも加速は緩慢だから笑ってしまう。今回は当然ながら空荷だったのだが、もしも規定の350kgを積んだら、一体どんな走りをするのだろうか? これがMTならば少しは救われたかもしれない。やっぱり軽貨物はMTが本来だろう。

キャブオーバー車の特徴である水平近くまで寝ているステアリングの操舵力は軽いが、当然ながらギア比も大きく左折の際には何度もクルクル回す必要があるし、全くインフォメーションは無 くレスポンスも極めて緩慢だから狭い道で思った通りのラインを描くのは年季が必要だ。 4ナンバーの貨物車だから空荷での乗り心地は当然悪いが、それでもポンポンと跳ねる程ではない。そして、コーナーリング特性はといえば、これまた今時これほど不安定なクルマも珍しい 、という程に酷い。だから、普通車なら50km/hでも余裕で曲がれるような、ちょっとしたコーナーでも確実な減速が必要だし、 一度35km/h程に落すと、次に50km/hまで加速するにはフルスロットルを踏んで、ガーガーという凄まじいエンジン騒音と戦いながらでも、なかなか速度が上がらない。
そんな具合だから、一般的な地方道での50km/h巡航は結構神経を使うし、60km/hは相当な覚悟が必要だ。だから、事実上60km/hで流れるのが普通である地方道では、頑張って50km/hで走っていても前車との車間距離がどんどんと広がっていくのと共に、バックミラーを見ると後ろに家来を大勢従えている。 あ〜あ、後ろのドライバー達は苛ついているだろうなぁ。怒っているだろうなぁ、と申し訳ない気持ちで一杯になりながらも、しかし60km/h巡航する勇気はなかったりする。しかも、後ろの車たちより圧倒的に税金の安い軽貨物だから余計に気が重い。

走ると曲がるは最低最悪だったが、それでは止まるは如何かといえば、これまたトンでもなく効かないブレーキという完璧さを見せつけられた。クリッパーのブレーキペダルは上からぶら下がっていて、普通の乗用車と同様に前方向に力を入れる事が必要となる。しかし、キャブオーバーという車体形状から椅子に 正座するような高い着座位置は、 ブレーキを踏む時には下向きに力を入れるのが普通なのだから、これは人間工学を完全に無視している。事実、強いブレーキを掛けてみたが、力が上手く伝わらずに充分な減速が得られない。しかも、ブレーキは今時珍しい程に効きは悪いし、しかも一生懸命踏んでも効かないという最悪特性で、不自然な 角度のブレーキペダルとの相乗効果で今時としては極めて珍しい止まらないクルマだった。
それにしても、こんなクルマに一日中乗って仕事をして、しかも場合によっては高速を使った長距離を走る軽貨物のドライバーの体力には頭が下がる。と、思ってよくよく回りを見回せば、軽貨物運輸のクルマの多くがスバルサンバーを使っている。なある程ねえ。では、クリッパー(ミニキャブ)は何に使うのかといえば、個人商店などでの短距離配達用だろうか?少なくとも 緑(黒)ナンバーの営業車に使うのには疑問があるが、実情はどんなものだろう。 こうなると、当分は街に走る軽貨物の車種を確認してみたくなる。
と、思っていたら商売で結構使っているところが、あった、あった。 まあ、左の用途ならば近場だけだし、各社からの入札だろうから、乗り味なんていう項目は配慮しないのは当然で、こういうところなら生きていけるのかもしれない。
しかし、同じ軽で高い車高といっても新型ワゴンRあたりと比べると月とスッポンどころの騒ぎではない程に性能差があった。クリッパー(ミニキャブ)の酷さは予算から来るのだろうか。 とはいえ、決してバカ安いわけでもない。と、なれば設計の古さだろうか。新設計するだけの開発工数&予算もないし、生産の為の新しい治工具や金型に投資する余裕もないし・・・・と、いったところだろうか。
それにしても自社製品ならとも角も、OEMで購入してくるのに好き好んで、今時こんな性能のクルマを自社ブランド売るというニッサンの方針も納得がいかないが、まあ色々事情があるのだろう。
今回の試乗車は歴代の試乗記でも最悪の性能だった。これはハッキリいって危険の領域で、こんなのが1台いるだけで、他車から見れば非現実的な40km/hの制限速度なんていうのが正当化されてしまうとしたら、大多数のドライバーからは良い迷惑だ。そういえばカー○ューの掲示板などでお馴染みの制限速度原理主義者とでも言いたくなるような輩は、いままで単なるディベートを楽しんでいるだけだと思っていたが、もしかしたら軽貨物のオーナーだったのかもしれない。なるほどねぇ、まだまだ修行が足りないなぁ。
と、いうわけで、今後も普段は関ることがないような分野のクルマも偶には試乗しようと思っている。

乞うご期待!

注記:この試乗記は2009年5月現在の内容です。