Alpine A110 (2020/1) 後編 その2


  

地上に出て公道を軽く加速してみると、その雰囲気は 718ケイマン/ボクスター (以下718) に近く、エンジンの排気音も妙に似ている。A110 のエンジンは M5P 直4 1.8L ターボ 252ps/6,000rpm 320N-m/2,000rpm と 718 (2.0L ターボ 300ps /6,000rpm 380N-m/1,900 - 4,500rpm) に比べれば排気量もパワーも小さいが何よりも軽量ボディーが効いていて、街中を走っている限りは加速フィーリングなども結構共通点がある。

交差点を過ぎてから片側2車線の広い道に出たところで、2/3 程度スロットルを踏み込むと、とてつもなく速いとは言わないが、高性能スポーツカーとして最低限の動力性能は感じる。そこで今度はフルスロットルを踏んでみると、う〜ん、まあ不足は無いものの、欲を言えばもう一息という気もする。A110 はエンジンが小さい事から絶対的なパワーやトルクはライバルより劣るとは言う物の、軽量なボディからパワーウェイト (P/W) レシオは4.5s/ps と十分に小さいのだが‥‥。

A110 のトランスミッションは7速DCT で、そのレスポンスは流石にトルコン式 AT よりは速い。DCT は VW やホンダ、そして他のルノー車も使用している評判の悪いシェフラー製ではなく、BMW が採用していて、以前は三菱 (ランエボ、生産中止) でも採用していたゲトラグ製を搭載している。なお DCT としては他に日産 GT-R が採用しているボルグワーナー製がある。更にポルシェは独自のPDKと呼ぶ DCT を使用しているが、これは変速レスポンスはレーシングカー並だが、その構造も超複雑で高価であり、まあ別格という事だ。そういう現況ではゲトラグ製 DCT は良い選択だったと言える。

実はフル加速で気付いた事がある。それはシフトアップした瞬間に当然エンジンの回転計は大きく下がるのだが、その時の回転計の表示がストンと下がるのではなく、一瞬で低回転側にワープするようなインチキ臭い動きをする。メーターは最新のトレンドである LED パネルによる CG 画像だが、その時如何にもエンジンが回転を落とすような一瞬とは言え低回転側に下降する様子を再現するのが普通だが、ソフトの手抜きか技術が未熟なのか‥‥。まあフランスのソフトウェア技術何て聞いた事も無いくらいだから、こんなものかもしれない。

写真21
メーターは最新の LED パネルによる CG 画像だが、指針の動きがインチキ臭い。

 

動力性能については、まあ十分ではあるが今のご時世では特に凄いとも言えないものだったが、それでは操舵性や旋回性はどうだろうか。最初に感じるのは軽くてレスポンスの良いステアリングだ。何しろ車両重量が 1,100kg チョイというのはホンダ フィット並だから、そりゃ軽快で当たり前だ。それにミッドシップエンジンという事もあるが、ただし一般にこのタイプのクルマは限界時の挙動が早過ぎて一般のドライバーには危険という事で、意識的にレスポンスを押さえてあるのが普通だ。その面で A110 は以前トヨタが販売していた軽量ミッドシップエンジンの初代 MR2 などに比べて遥かにレスポンスが良い。因みに2代目 MR2 では初代よりもスポーツ性能を重視したところ死亡事故続出と相成り、その多くが単独事故、いわゆる自爆で通称 "刺さった" という奴だった。

ではコーナーリングは如何だろうか?この辺での試乗では定番の青山一丁目から六本木に向かう環状線のコーナーを試してみる。何時ものように最初の右コーナーを少し速めに侵入してみるとアンダーステアも少な目で安定している事もあり、次の本命の左コーナーは更に速度を増してみるが、確かに危なげ無くクリアできるのが、やはりフロント軸重が軽いのはハッキリ感じられ、速度を上げた分やはりフロントは外側へ行きたがるから、本来コーナー手前で一度フロントに荷重を与えるのが本来だろう。

そして付け加えると本来の操舵力の軽さもあり、コーナーリング中の微妙なステアリングの修正については何となく心もとなく、まあこれは好みの問題だが、もう少しずっしり感が欲しいような気がする。とか書いてみたが、正直言って一昨年の小脳出血以来、コーナーリングを試す何て殆どやっていなかったから、思い切りが悪くで外に膨らみ気味になった‥‥何て事もある。

ところで、試乗車には後付のポータブルナビが付いていたが、ハッキリ言ってこの手は得体の知れないメーカー製が多いが一応どんな動きをするかの為に電源を入れておいた。そして返却場所までおよそ数 km 地点で残り時間は15分。ここで何故かナビが裏道に入るように案内している。いくら安物でもまあ大丈夫だろうという事と、どんな道を案内するか興味があった事も手伝って、それに従う異にした。

ナビに従って赤坂の裏道に入っていくうちにどうも様子が変だ。と思ったら「目的地近くです」とか言って案内が終了となった。ぎぇ〜っ、マルで違う場所じゃないか!慌てて狭い脇道に入って、思い当たる方角に向かって車を進める事になるが、勿論狭くて坂もあり、オマケに視界も悪い道を必死になって返却場所を目指す。

実は前述のように1年半ほど前に小脳出血を患って、退院直後はマトモに歩けない状態で、それから順調に回復して今では普通の生活には困らない状態だが、シビアな状況でのクルマの運転となるとイマイチ自信が無かった。しかしここは火事場の糞力で、気が付いたら結構な速度で走っていた。ほうほう、昔取った杵柄というか、まだまだ腕は衰えてはいなかったようだ。

それと共にいみじくも、この件でアルピーヌA110 の取り回しとバランスの良さを実感する事となり、エンジンやシフトのレスポンスも実に良い事が判明した。結局返却時間ピッタリに駐車場のゲートに到着して、目出度し目出度し、という事に相成った。それにしても、安物のポータブルナビには腹が立つ。

ところでリネージとピュアの走行性能 (特に操舵性) の差だが、さるサイトで評論家先生がピュアは軽量鍛造ホイールの為にその重量差により明らかにピュアの方が操舵性に勝っている、という記述があったが、まさかぁ、それはないでしょう。リネージとピュアは確かにホイールの重量は違うがタイヤサイズは同じであり、タイヤのグレードも同じ、要するに全く同じタイヤのようだ。そりゃホイールが軽ければばね下重量も軽くなる事で慣性も小さくなるから路面による細かいサスの動きへの追従性が良い事は確かにあるが、それが明らかに違うということは無い。

なおピュアのホイールは確かに幅がワンサイズ上なので、同じタイヤでも多少接地性で有利にはなるがそれも僅かだ。とはいえ念のために老舗のカー雑誌系のウェブサイト(ぶっちゃけWeb〇G)を見たらば、やはり大きな差は無い筈と同意見が書かれていた。だよねぇ。

実はクルマの3要素である走る・曲がる・止まるは全てタイヤを介して行われる訳で、その意味ではタイヤの特性というのは最もクルマの乗り味に影響する。とはいえ、どんなに材質に金を掛けても全てを満足する事はできず、結局走りか乗り心地か、そしてドライとウェットのどちらを重視するか、などの選択が必要になるが、まあ普通は全てをソコソコ満足する中でどちらかというとスポーティとか乗り心地が良いとかという程度の選択となる。

そんな訳で最初は同サイズでもタイヤのグレードが違うのかと思ったし、それなら乗り味が違うのは判るのだが、そうではなかったようだ。

A110 のブレーキはフロントにはこの手の定番であるブレンボ製の4ポット対向ピストン (オーポーズド) キャリパーが装着されているが、リアについては片押し1ピストンキャリパーが付いている。しかもこれはブレンボ製だという事だが、ブレンボの片押しというのは初めてだろう。更にこのキャリパーはこれまた某評論家先生によると世界初の電動パーキング組み込みというが、何やら訳が判らない。モーター組み込みの電動パーキング付きキャリパーなんて随分昔から他社にはあるが‥‥。

因みにリアにディスクブレーキを採用した場合、パーキングブレーキは別途ドラムを組み込んでパーキング専用としるのが一般的で、これをドラムイン方式と呼んでいる。理由はディスクブレーキは停止保持には不利なためだが、軽量車ではキャリパーにパーキングメカを組み込んだP付キャリパーというタイプもある。ドラムインは停止時の保持力は大きいが走行中に使用するには効力が大き過ぎロックして危険だが、P付では走行中にレバーを引いてリアのみを適度に制動出来て、これは大きな声では言えないが、要するにドリフトに都合が良いのだった。それもあり昔からP付を装着していたオリジナルのトヨタ86はこれが極めてやり易い、何ていうのもハチロク人気の秘密だろう。ただし、A110 は電動だから走行中にレバーで操作出来ない事から、この手のメリットも無い。

それで実際の制動感はというと、最初の無効ストローク (ペダルの遊び) は一般的なのだが、それから先の実際に制動力を掛ける時のストロークは極めて短く、殆ど板踏み状態という他車ではあまり無いフィーリングだった。とはいえ、制動力自体は極普通だから、特に違和感は無いし踏力も軽く良く効く。


写真22
タイヤサイズはFr:205/40R18、Rr:235/40R18
ただしホイールサイズはピュアが0.5J幅が広い


写真23
フロントキャリパーは4ポットオポーズド、リアはパーキング付片押しシングルピストン

軽量ボディによる軽快な挙動は他のクルマには無いメリットだが、その代償は生産台数の少なさによる割高感にある。パワーではより勝り、スポーツカー専用の水平対向エンジンを搭載したケイマンが100万円以上も安いのは、あんな特殊な車を 911 を合わせれば年間 5万台も生産しているポルシェだから出来る事でもある。また今回痛い目にあったナビのように、日本への輸入台数の少ない車種では、ナビの対応が出来ないというのもデメリットとなる。更に保守だって将来どうなるか判らないなど、この軽快な乗り味を得るための代償も大きい。

結局、余程アルピーナに思い入れがあるか、多くのクルマを所有している重症 (で裕福) なユーザーがモノ好きで1台買ってみようか、何ていう場合以外はとても推奨は出来ない。まあ好きならどうぞ、という事だ。

ところで、そのライバルと目されるポルシェ 718ケイマンについては、今回の本文上では敢えて比較をしていない。その理由は、勿論近い将来比較版をアップするためにネタを取っておくというセコい戦略からだ。

という事で、そのうち「アルピーヌ vs ケイマン」何ていうネタを考えてはいる。

乞うご期待!

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