PORSCHE NEW BOXSTER (2005/4/2)

※この試乗記は2005年 4月現在の内容です。
従って、文中の車種や価格は現在と多少異なる場合があります。


ライトが丸みを帯びたことで、より旧来のポルシェらしくなった。実は性能自体も本来のポルシェの原点に戻って、ピュアスポーツ路線となったが、この外観は路線変更の象徴だった。
 
リアのテールランプやセンターの排気管などは旧型からのイメージを踏襲している。
 

ポルシェのルーツと言えば、VWビートルをベースにした356だが、当時からカブリオレとロードスターというオープンボディがあった。そういう意味ではポルシェのロードスターというのは、極めて重要な位置を占めるモデルと言える。

ポルシェには以前から高価な911に対して、より買いやすい廉価版のモデルが存在している。 1969年に発売され、ワーゲンポルシェと呼ばれていた914はVWのエンジンをチューンしてミッドシップに載せたユニークなクルマで、ルーフがちょうどタルガトップのように外せた。当時まだガキだったB_Otaku は将来911は無理としても、914、それもポルシェ製のフラット6を積んだ914/6を手に入れてやると、ガキの割には結構現実的な夢を見ていた。
ところが、売れ行きとしては大したことは無かったようで、数年後には販売中止となってしまった。その後、フロントエンジンの924が発売されたが、これも商売としては大したこともなく、ポルシェの廉価版は、いづれも大きな成功を得られなかった。


左から、356ロードスター、911初期ナロー(901)、914

廉価版に対して高級版はどうかというと、911の後継として開発されたフロントエンジンの928も結果は芳しくなく、結局911を改良に改良を重ねて、途中何度かのモデルチェンジで大きく変貌したとはいえ、リアエンジンの2+2クーペという基本コンセプトはそのままに現在まで至っているのは、なんとも皮肉な結果で、もし、928が大成功をおさめていたら、現在の911はなかっただろう。

ところが911というのは、とに角生産コストが高く、オマケに911一車種に頼る事から当然のように経営状態は良くなかった。その為には車両自体の設計変更とともに、製造の効率を上げる必要があり、この時窮地に立ったポルシェの救済を買って出たのが我が日本が誇るトヨタで、ポルシェの社員がトヨタで研修すると共に、トヨタから専門家をポルシェに派遣して、徹底的にジャストインタイム、いわゆる看板方式を叩き込んだ。

その結果、新機種を製造する新工場は最新の設備とトヨタ方式による徹底した合理化をすることで、従来のポルシェの常識では考えられない低価格を実現させた。その新機種がボクスターだった。ボクサーエンジンのロードスターでボクスターだそうだ。ボクスターは後を追って発表された初の水冷911である996タイプと多くの部品を共用し、これにより911も原価を低減できるから、ポルシェにとっては一石二鳥と言うわけだ。
こんな理由から、以前の廉価版に比べてボクスターは限りなく911に近いから、当然ながら大いに売れて、ポルシェの生産台数を一挙に2倍にすることができた。お蔭で、最近のポルシェは経営的にも安定し、さらにSUVのカイエンの発売により、言って見れば我が世の春状態だろう。

前置きが長くなってしまったが、以上の経緯を頭にいれて本題の試乗記に入ろう。


リアのトランクルームは実用車に比べれば小さいが、ミッドエンジンスポーツとしてはまあまあの広さがある。

更にフロント側にもトランクがあり、こちらは高さ方向にかなり深いので、リアと合わせれば二人分の旅行に必要な荷物スペースは十分確保できる。旧型に比べてスペアタイアを廃止したことで、スペースが広がった。

試乗車はボクスターのベースモデルである2.7ℓ版のLHD(左ハンドル)で、ミッションは5AT(ポルシェではティプトロニクスと呼ぶ)を装着していた。価格は611万円(消費税込み)で、5MTの場合は569万円となる。実際にはメタリックペイントがオプションだったりするので、諸経費を含めた総額では700万近くになる。MTでオプションを一切付けなければ600万程度であがるから、これはお勧めだろう。

ミッドシップエンジンで、しかもオープンカーとなれば、マトモに考えれば実用性全く無しの趣味クルマと思うのが普通だが、ボクスターの場合はトランクを前後に持ち、しかもフロントは可也深いので、この点では結構実用性がある。旧型(986)はフロントのトランクスペースの半分程度をスペアタイヤが占領していたが、新型はスペアを廃止したために十分な広さが確保できた。スペアタイヤが無い点はどうカバーするのかと言えば、パンク修理剤を積むという、何とも頼りない方法がイマイチと言えるが、まあ大丈夫だろう。

室内は当然狭い。シートのバックレストの後ろは壁一枚でエンジンだから当然で、シートと壁の間には隙間は無いからカバン等は助手席に置くかトランクに入れるしかない。二人乗車なら手荷物を置く場所が無いので、奥さんや彼女を乗せる時はバック類は膝にでも置いてもらうようだ。もう一つ心配なソフトトップについては、全く問題は無い。なぜなら、外皮、内装、それに保温材と三重構造になっているので、折りたたむために材質がソフトなだけで、幌のイメージとは全く異なる、立派な屋根だと思えばよい。室内からみたルーフは、ハードトップと勘違いするほどで、ドアを閉めれば完全な室内が提供される。ドアを閉める時の音も、ドイツ車独特の剛性感あふれる感じで、驚くことにこのドアは閉めるとガラスが5mm程上昇してルーフ側に食い込むという、BMWのクーペなどのサッシュレスドアでよくやる方法をソフトトップで実現しているから、とに角車内の密閉性は高い。

これ程に良く出来たソフトトップだから、高速走行でもバタついたりは全くない。ただし、この点は旧型のボクスターも特にリアウインドがガラスとなった後期型は同様に良く出来ていた。


試乗車のシートはオプションで座面が通気性のレザーだったが、標準は人工のスエードとなる。
着座位置が低いのが、この写真でも判る。シートの調整は前後と上下が手動で、バックレストは電動となる。シート左側面の大きなレバーは上下調整レバーで、これだけ長いと簡単に上下できる。

前後方向には流石に狭い。シートの背面は殆ど隙間が無く、壁1枚向こうはエンジンとなる。

ソフトトップにも拘わらず、サッシュレスドアを閉めると、窓ガラスがルーフに食い込む。ソフトトップとしては究極の密閉性だ。

シートは典型的なレカロの座り心地で、硬い座面ではあるが疲れないし、左右のサポートも丁度良い。調整は前後には正面下のレバーで、上下は側面の大きなレバーで行う。この上下調整は手動としては中々使い勝手が良い。バックレストの調整のみ電動となる。確かにバックレストは微妙な調整をしたくなるから、電動の方が向いている。この辺の考え方は実に合理的だ。次にステアリングの位置を調整するが、当然前後、上下とも自由に調整できるから、ドライビングポジションは理想的な状態に調整できる。

ステアリングコラムの左側付近にキーを挿しブレーキを踏んでキーを捻れば、最近の車にしては長めのクランキングの後にエンジンが目覚める。試乗車はAT仕様なのでブレーキを踏みながらシフトレバーをDに入れる。

パーキングブレーキを外すときにレバーが一般的なクルマよりもかなり長い事に気が付く。スロトットルペダルを静かに踏むと車はゆっくりと動き出し、駐車場から国道に出て少しスロットルを踏み込むと、旧型に比べてエンジン音が遥かに大きい事に気が付く。そう言えばアイドリングの時から背中の後ろからメカニカル音が聞こえていたので、もしやと思ったらやはりエンジン音だったのだ。試乗車は走行距離25kmのマッサラな降ろしたての新車なので、回転数は5000rpmをMAXとすることで、さらに踏み込んでみる。すると、エンジン音は一段と大きくなり、3000rpmを超えた辺りからは水平対向6気筒の独特の排気音にバルブやその他補記類のメカニカル音と、さらには吸気音が加わって、独特のポルシェサウンドを奏でる。自らの右足の操作で天下の公道にポルシェサウンドを轟かせていると思うと感動物だ。勿論室内にも容赦なく轟くから、マニアには涎ものだが、一般の人からすれば600万も出してこんなにウルサイのか!と驚くに違いない。慣れてきて、右足にちょっとばかり力が入ったら、あっという間に回転計の針は上昇し一瞬で6000rpmまで行ってしまった。慣らしの済んだクルマでレッドゾーンの7000rpmまで回しまくったら実に楽しいだろう。

ただし、この音はアルファロメオGTAの、何処までもノー天気に成る様に成れとぶん回す気持ちよさではない。あくまで、冷静に、理論詰めでのサウンドだから、人によっては好まないだろう。まあ、この辺は個人の趣味の問題だが。

旧ボクスターは音といい、特性といい、こんなに過激ではなかったから、同じボクスターなのにこの違いには驚いた。


シルバーのドアノブの右がパワーウィンドウのスイッチで、上にある丸いツマミはサイドミラーの調整スイッチ。

シフトパターンは上からP、R、N、Dと一般的な配置で、Dから左に倒すとMでマニアルとなる。

ボクスターのメーターは正面に大径の回転計があり、左が速度計で右が水温と燃料計の集合メーターとなる。左の速度計は径が小さい上にゼロから300km/hまでが180度の中に刻まれているから、本当に概略しか判らない。50km/hと55km/hの差なんて判らないのだ。実際には回転計の下にあるデジタル表示を見て運転するので、問題は無いが、それではアナログの速度計は何の為かと言えば、ドライバーに自分はトンでもない高性能車を運転しているという満足感を与えるため、とは考え過ぎだろうか?このあたりは実にマニア心を掴んでいる、と言うよりも、開発者自身がマニアなのだろう。
AT仕様の場合、右の集合メーターにポジションが表示される。一つは今選択しているポジションが、DなのかRなのか、MTモードを選択していればMと判る。さらに便利なのは今現在のミッションの位置が表示されることで、例えば2速なら2の部分が点灯する。これはDレンジでも作動するから、今何速で走っているかが常に判る。ポルシェのATは単なるイージードライブではなく、運転者の負担を軽減するためで、イザと言うときにはいつでもマニアル操作に移れるという主張がある。その証拠に、ステアリングスポークに仕込まれたシフトスイッチは、DモードでAT走行中でも、操作を受け付けるから、普通ならシフトダウンしたい時にはスロットルペダルを思い切り踏んでキックダウンする変わりに、指先でマイナスボタンを押すだけでよい。その時のタイムラグもトルコンタイプのATとしては非常に短い。

噂によれば、近い将来にはセミオートのシーケンシャルシフトが搭載されるようだから、そうなればこのクルマのキャラクターにより合っているだろう。現在のティプトロも大きな不満はないが、やはりトルコンスリップによるレスポンスの低下は、この手のピュアスポーツには適さない。

マニアルシフトはステアリングのスイッチで操作する。
上側がプラス、下がマイナスで、慣れれば操作はし易い。
Dレンジでもスイッチを押すとこれが優先して作動する
ので、キックダウンよりも素早いシフトダウンが出来る。


左の速度計は目安程度で、実際には中央の回転計の下にあるデジタル表示を使うことになる。
右の集合メーターに表示されるATの表示はポジションのみならず、今現在のミッションの位置まで表示するので極めて便利だ。
写真の白いメータはオプションで、標準は黒となる。
 

このクルマのハイライトである操舵性だが、これも旧型に比べて遥かにクイックになった。停止状態でステアリングホイールを回そうとしてもガッチガチで、走行中の遊びも皆無だ。これは、慣れれば実に運転し易く、試乗車はLHDだったこともあり、道路の左のペイントに合わせて、無意識のうちの手首の微妙な操作で、クルマは道路のカーブをトレースしている。このフィーリングを説明すると、ガッチガチの遊びなしは、例えば走り屋の間で名高いR32GT−Rのような感じだけれど、レスポンスの鋭さはGT−Rなど全く目じゃないというところだ。
チョッと多めにステアリングを切った時のレスポンスも、今まで経験したどのクルマよりも極端にクイックだ。例えば2車線の道路で、後続車が居ないのを確認してサッと早めに切ってみたら、一瞬で車線変更した。旧型も大したものだと関心したが、新型は全く次元が違う。国道とバイパスが分岐するランプウェイでは、1車線で狭いカーブを何のストレスも無く、結構な速度で回ってしまい、何か拍子抜けした。このクルマのハンドリングを試すにはサーキットにでも持ち込むしかないかもしれない。
オマケに、新型からは従来オプションだったPSM(ポルシェ・スタビリティ・マネージメントシステム)が標準装備となったから、何をどうやっても、クルマはコントロールを失うことなく、他のクルマでは考えられない速度で安定したコーナーリングが可能だ。

抜群の運動性能の代償は、乗り心地の悪さだ。旧ボクスターのサルーンにも匹敵する乗り心地の良さとは対照的に、とに角硬い。殆どマッサラの新車でダンパーの当たりが付いていない事も考慮が必要だが、それにしても非常にハードなサスだ。試乗が終ってデーラーの門を低速で通過した時などは、門扉のレール上でクルマが跳ねるようにすら感じた。

ポルシェの特徴はエンジンやハンドリングと共に、世界一どころか宇宙一と言われるブレーキだが、残念ながら走行距離25kmの試乗車は明らかにパッドに当たりが付いていないようで、本来の性能を出していなかった。せめて200kmも走れば随分違った筈だが、これは近い将来に試乗車がある程度の走行距離に至った時点で再度確かめようと思う。2年前に乗った旧ボクスターは実に理想的なブレーキだった。新旧のブレーキには大きな違いはないが、新型はベースグレードでもドリルドローターが標準で装着されている。


ボクスターに標準の17インチホイール。タイヤは前/後で205/55ZR17/235/50ZR17で、標準でドリルドローターを装備している。

ボクスターSに標準の235/40ZR18/265/40ZR18。キャリパーは容量の大きい赤色となる。
 

ボクスターと911は値段が倍も違うわりには、内容はそれ程違わないから、2者の差別化をどうするかが難しいだろうとは思っていたが、この解決策としてポルシェの答えは、ボクスターを思いっきりファンカーに振ってしまうことだった。成る程、これならただ買い得だといって、911のユーザー候補がボクスターに流れることはないし、ボクスターのユーザーから見れば、決してプアーマンズ911でも、ポルシェの入門用でもない生粋の体育会系だから、誇りを持って乗れると言う、正に上手い解決策を考えたものだ。

MTなら総額600万円で、このクルマが買えると思えば、これは実に買い得と言える。あと50万だしてティプロトというのも良いだろうが、このクルマのキャラクターからすればMTが合っている。ただし、MTにRHD(右ハンドル)の設定はないので、嫌でもLHDを選ぶことになる。B_Otaku もLHRには慣れていないが、試乗中に10分程乗ったら何の違和感もなく運転できたから、そんなに心配することもないだろう。クルマ関係サイトの掲示板で左ハンドルは危険だなんて言う奴がいるが、それは運転が下手なのと、マトモなクルマに乗ったことが無いだけで、腕さえ確かなら、どちらも一長一短なのだ。

普通の人たちから見れば、狭い、ウルサイ、乗り心地悪い、運転し難い、高いしオマケに維持費が掛かる等等・・・。見栄でオープンスポーツカーに乗りたいのならBMWのZ4がお勧めだ。それも2.5ℓで十分だ。ニューボクスターはマトモな神経では買えないが、車好き(それも末期的な重傷者)から見れば、実に魅力的に変身したと思えるだろう。

06モデルの予約受付は8月から。遅くとも12月には予約しないと、更に一年待つ羽目になる。
さあ〜て、B_Otaku は、ボクスターの予約注文書にサインする度胸があるのだろうか?
実は、今現在、自分でも判らない!あと半年、ジックリ考えよ〜うっと。