Porsche 991 Turbo (2016/12) 後編 その2


  

ここで 911 ターボの Ph1 と Ph2 のエンジン特性の違いを理解するために両モデルの特性曲線を重ね書きしたのが下のグラフだ。中編に掲載した一覧表でのエンジンスペックが Ph1 の 520ps/6,000-6,500rpm 660N-m/1,950-5,000rpm に対して Ph2 ではパワーこそ 540ps/6,400rpm と多少アップしているがトルクでは全く変わりがない。それで下のグラフを見ると、何と Ph2 の 20ps というは 6,000rpm 以降のトルクを僅かに改善して (赤線部分) 、これにより最高出力を上げているだけだから、実際に使用する 6,000rpm までの領域では全く変わらないのだった。これはカレラ/カレラSが Ph2 では全く異なるエンジンを使用していて、大幅に性能をアップさせているのとは対照的だ。

次に 911 ターボの 0-100km/h 加速について考察してみる。”S” ではない 911 ターボの場合、試乗記中編の一覧表では Ph1 と Ph2 はそれぞれ 3.4 秒と 3.1 秒と表記したが、実はこの Ph1 の数値は日本で発売直前の内覧会で配布された資料に基づいているのだが、その後の正式カタログではオプションのスポーツクロノ装着時は 3.2 秒という付記もあったようだ。まあ内覧会の資料のようにあくまで標準仕様で表記するのはある面理にかなってはいる。しかし実際に総額2千数百万円のクルマを買うオーナーが数十万円のスポーツクロノを付けない訳が無いから、冗談じゃねえ、俺のはスポーツクロノ付きだから 3.2 秒だぞぉ、ってな事になる。ポルシェのカタログは日本向けも全てドイツ本国で編集・印刷されているし、内容も欧州版をほぼそのまま日本語に訳したものとなっている。という事は、欧州でも同じような事態が発生したのだろうか?

なお Ph2 ではスポーツクロノは全グレードに標準装備となったのはまあ当然で、この辺の事情は日本も欧州も変わらないという事だろう。それで下の表をもう一度眺めてみると、Ph2 で上のグラフのように6,000rpm 以降の特性を向上させるという努力で得た 20ps のアドバンテージのお陰で 0.1 秒向上している。まあこの数値は小数点以下第一位に丸めているから、もしかすると 3.15 秒と 3.14 秒だったかもしれないが‥‥。

このとてつもない発進加速を得るにはローンチモードという機能を使用する。これはブレーキを踏んでから同時にアクセルをフルに踏んで、次にブレーキを離すと猛然とダッシュする機能で、その昔 E60 時代の M 5 にも付いていたが、M5 の場合は一度でもこの機能を使うと保証が効かなくなるとか、使用すると駆動系の寿命は可成り短くなるとかいう代物で、物凄いパワーだが実際に使う訳にはいかないという、殆ど核兵器みたいなものだった。それに対してポルシェの場合は何度使っても良いし、勿論保証だって効く。という訳で、それでは早速試してみる‥‥には場所も度胸も無かった。

なおスポーツクロノ装着により走行モードに SPORT+ というモードが選択できるようになり、この時にエンジンのトルクは上のグラフの点線で表したオーバーブースト特性となり、これとローンチモードにより 0-100km/h が3秒強という恐ろしい性能が発揮される事になる。その SPORT+ への切り替えは Ph1 ではコンソール上の切り替えスイッチを使用するが、これがPh2 ではステアリングスイッチとなり操作性は明らかに向上する (写真51)。

ということで、このクラスのクルマの 0-100km/h はそのスペックに意義がある訳で、更に数百万円も高いターボSを選べば 0.2 秒縮まるという、我々庶民からすればもうコストパフォーマンスは最悪ということになるが、そこが金持ちの習性なのだろう。あっ、ターボSは高価な装備が標準で付いているから云々はこの際無視するから念のため。ナンタって 0.2 秒縮めるのに数百万円というネタでウケるのが目的っすから。


写真51
走行モードの切り替えスイッチは Ph1 ではコンソール上だが、Ph2 ではステアリングに移動した。

動力性能については日本の道では何処へ行っても真価は発揮出来ないという事で、目的地は何時もハンドリングを試すのに使っている秘密のコースとして、高速を降りてそちらに向かう事にする。途中の道は一級国道で交差点も無く一見高速道路のような道だが、こんな道さえ60q/h の法定速度のままだから走っているクルマは全て大幅な速度違反となる。こういう時は国産高級車のいつかはクラウンという一般には社会の成功者が乗る筈のクルマなのにドライバーが妙に貧相で頭が悪そう、しかも男二人が乗ってリアに時代遅れのスモークを貼っているような、実は臨時の税金徴収員に気をつけながら巡航する。その走りはこういう流れに沿った運転では安定そのもので、この状態ではまず事故を起こす事は無いだろうという気がしてきて、地獄事故の沙汰も金次第という諺が脳裡に浮かぶ。

ステアリングは特に重くもなく、神経を研ぎ澄ました運転を要求されるほどにはクイックでなく、極々普通に運転出来るが、他のポルシェ車同様にスポーツモードではシャキッとする。途中片側2車線の道路で素早い車線変更をしみたが挙動は安定そのもので、しかし言い換えれば2週間前に試乗した 718 ボクスターのような軽快さとクイックさが無いのはリアエンジンの 4WD で車両重量が 1,600kg の 911 ターボと、ミッドシップエンジンで 1,390kg の 718 ボクスターだから当然で、やはりニュートンには逆らえない。えっ? これだけ高価なクルマならアインシュタインだろう、って、それは無いでしょう。

やがて何時ものワインディング路に到着し、先ずは往路を様子を見ながら徐々にコーナリング速度を上げて行くが、何しろ個人所有の乗り出し2千数百万円也 (消費税だけでもVW up! が買える) のクルマだから無理は禁物という事で充分に余裕を持った速度でコーナーを通過して行く。だがしかし、速度計を見ると、ややっ、決して遅くはない! ボクスターでこの速度だとドライバーは結構その気になって張り切って走っているだろう。要するに 911 は大人のクルマであり、分別のある紳士淑女が余裕で走っても速いから、血気盛んな走り屋でこれだけの予算をクルマに掛けられるのなら間違いなく GT-3 を選ぶだろう。

最後にブレーキについての話に進む事にする。ポルシェのブレーキに関するポリシーは動力性能の良い車種ほどブレーキも強力なモノを装備するという事で、以前聞いた話では減速度は加速度の2倍を確保するという事だった。しかし現在の 911 ターボは 0-100km/h 加速が3秒前後というとてつもない加速性能になっているから、本当にその2倍の減速度なんて確保できるのかという疑問がある。そこで先ずは 0-100km/h を 3秒とした場合の加速度を計算してみる。

加 (減) 速度 b (m/s2) と距離S(m) および速度V(m/s)、時間 t (sec) の関係は
 S = V2 / (2 X b) および t = V/b であり、これを元に計算すると
b = 9.3 m/s2 となる。要するに 911 ターボの 0-100km/h の加速度は減速度比で表せば 0.95G であり、ほぼ重力加速度となる。この場合タイヤと路面の μ (摩擦係数)は 0.95 以上が必要であり、これはかなりな高性能タイヤと条件の良い路面である。ということは、タイヤの性能を考えれば 0-100 km/h が 3 秒という数値をそれ以上改善するのは可成り難しという事になるし、実際に他社のトップエンドモデルでもこの辺りになっているのも納得できる。

それでは減速度はと言えば、これもまた路面とタイヤの μ から言っても2倍なんていうのは無理な話だった。因みに高性能タイヤと良好な路面でも μ = 1.2 くらいが限界だが、メーカーのテストコース等は更に μ の高い特殊な路面があるかもしれない。いやそんな話よりも 100q/hで走行中に急ブレーキを掛けて3秒で停止することを考えてみれば判るが、さてアタナは 3 秒で止める自信ありますか? 並のファミリードライバーならば先ず無理、というより並のタイヤでは μ =0.7 くらいが良いところだから減速すら不可能な値であり、そんな加速度で加速しようとするのだから、そりゃまあ2千万円以上の投資は当然だよなぁ。と書くと、日産 GT-R なら一千万円以下で2秒台だって騒ぐ奴が必ずいるんだよなぁ。

話を戻して、実際にホイールから見える 911 ターボのブレーキを覗いてみれば、例によってアルミオポーズド (対向ピストン) のブレーキキャリパーが見えるのは当然だが、よく見ればフロントは6ポット、リアは4ポットのようだ (写真52〜53) 。そこでカレラSと比べてみると何やら両車のキャリパーは共通のように見える。しかし何かが違うと思って更に詳細に見比べれば、両車は何れも20インチホイールなのだがキャリパーとホイール内径の隙間がカレラSの方が大きくてスカスカ状態であり、更に良く良く見ればディスクローターの径が違うのだった (写真54) 。ということはキャリパーで発生するブレーキ力は同じでもローター径が大きいターボの方が車両としてのブレーキ力はより強力に発生するが、その分バネ下重量は重くなるなどの弊害もあり、これまたターボは安定志向という事になる。そして肝心の効きは997 時代のカレラSのように全く遊びが無くて重くてガチガチではないし、991 カレラSにオプション装着した PCCB のように恐ろしくなるくらいに効き過ぎる事も無く、これまた大人のフィーリングだった。

なお PCCB は Porsche Ceramic Composite Brake の略で、供給元のブレンボでは Carbon Ceramic Brakes という名称を使っていて、要するに世間で言うカーボンブレーキと同一だ。この PCCB はターボSの場合には標準装着されているが、これは動力性能が上回るので必要になる‥‥のではなくて、まあ、言ってみれば‥‥数百万円の値段差の正当化の一つですよ。なおレースの世界ではパッドの耐久性が良い事からピットインの回数が減るなどメリット大アリ、というよりも使用は常識となっている。


写真52
911ターボのリアは 8.5J×20 ホイールに 245/35ZR20 タイヤを標準としている。


写真53
フロントは 11J×20 ホイールに 305/30ZR20 タイヤを標準としている。


写真54
フロント6ポット、リア4ポットのアルミオポーズドキャリパー自体はカレラSと共通に見えるが、ディスクローターの径が違う。

それでは結論に進むが、既にここ迄読み進んでもらったなら今更追加する事は無いくらいだが、このとてつもない高性能を余裕として実際にはその数分の一の性能すら使う事は無いとはいえ、その程度でしか使わなくても何の不具合もない、実に洗練されたクルマだった。従ってこの価格帯では一押しと言いたいが、このクラスになるとどれが良いかではなく、どれが欲しいか、どれが自分に合っているか、とかの世界であり、我々庶民からすれば買える人は好きなのを買ったら‥‥なんて事になる。と偉そうに書いてはみたモノの、この価格帯、すなわちベース価格で2,200万円くらいというと意外に選択肢は無いのだった。

ところで趣味のクルマに2千万円を軽く超える資金を投入出来るっていうのは一体どんな職業なのだろう、という疑問が湧くだろうが、まあ清く正しい庶民で無い事は間違いない。いや、ハッキリ言えば、血を見るのは日常茶飯事だし、人が死ぬものよくあること、ヤクだって射つぞっ‥‥ああっ、ヤバイっ、これ以上は言えないっ!