Chrysler 300C Luxury (2013/5) 後編
  

着座位置の高めのシートに座ると前方視界の良さからか、全幅が1,900mm超という広さの割には車幅感覚はつかみ易い。そのシートは米車というイメージのフワフワではなく欧州車的なものだ。エンジンの始動はインテリジェントキーとセンタークラスター右側の丸いスタートボタンを使用するという一般的なものだから特にこのクルマに対する知識が無くともブレーキを踏みながらボタンを押すとエンジンが始動する。ATセレクターはBMWのように電子式だから、ロック解除のボタンを押しながら手前に引いてDまで進める。

実はシートに座った時点で既に足の置き場がない事に気が付いて、仕方なく手前の方に左足を置いておいたのだが、その理由はパーキングブレーキペダルがオンの時にはフートレストの真上に有るためで、これを押して解除するとレバーは結構上に持ち上がり目出度くフートレストに足を置くことが出来る。

フートブレーキを離すと最近のクルマにしてはいくぶん強目のクリープで前進し、駐車場内を移動する時もトルク感一杯でチョッと踏みすぎると思いの外加速しそうになる。クルマの流れの切れ目で公道に出てから加速すると、車両重量が1.9トンもあるとはいえV6 3.6Lの34.7kg・mというトルクで十分な加速をするのは考えてみれば当然でもある。ミッションはZF製の8ATで、これは欧州車でも十分な実績のあるものだから、スムースにシフトアップしていく。やがて60~70km/hくらいで一級国道パイパスの流れに乗ると、回転計の針はは1,300~1,500rpmくらいを示しているから、このクラスのクルマとしては多少回転数が高めかもしれない。

ここで、一度速度が20km/hくらいまで落ちたところでフルスロットルを踏んでみると、一瞬のタイムラグ、と言いたいが更にもう一呼吸置いてからシフトダウンが起こって、凄まじいとは言い難いが充分な加速をする。このキックダウンのレスポンスは最近のクルマの標準から比べれば決して良くはない。300CのATはDレンジから一度手前に引くことでSとなり、その後は引く度にSとDを繰り返すいわゆるフリップフロップ動作をする。そこでDレンジで走行中にコンソール上の短いセレクトレバーを引くと、メータークラスター内のインジケーターはSがDの上に表示されてSレンジに入った事を知らせる。しかしSレンジに入れた瞬間にシフトダウンが起こるということはなく、そこから加速してみると成程シフトアップポイントが上がったのかな、というくらいで、明らかにスポーツしているという物でもない。


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最近では極普通となったインテリジェントキーとプッシュボタンによるイグニッションスイッチ。


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インパネ右端のライトスイッチはドイツ車ソックリで、ダイムラー時代の影響か?


写真33
ATセレクターは電子式で、形状は独特のキノコのような形をしている。


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パーキングブレーキはプッシュ/プッシュタイプの足踏み式だが、ONの時にはフートレスとの真上となり足の置き場がない。

試乗したのは上級モデルだったためにマニュアルシフト用のパドルスイッチがステアリングホイールに付いていて、走行中にこれを引くとマニュアルモードとなり、オートマモードに戻るには右のパドルを長押しする。なお、パドルのパターンは右がアップで左がダウンという既に事実上の国際規格といえる方式となっている。そこで、Sレンジで巡航中に左のパドルを引くが何も反応しない。あれっ、おかしいな?と思ってついついもう一度引いてしまったが何も起こらない。これってマニュアルモードになっていないのか?と思った瞬間にエンジの回転数がモア−と5,000rmp位まで上がってしまった。要するにマニュアルモードでのパドル操作に対するレスポンスも随分と遅い。なお、下位モデルの300Limitedではパドルシフトが装備されていないので、マニュアルは使えないようだが、このクルマの性格からいえばマニュアルモードを使って積極的にシフト操作することは想定外であろうし、マニュアルモードの役目は精々降坂時の抑速くらいで、多くのユーザーはパドルでシフトダウンできることすら気が付かないのではないか。


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欧州車とも国産車とも違い、チョッとアメ車っぽいメーター類。


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ATセレクターが電子式のためにポジションの確認は正面のメータークラスターにあるディスプレイを使用する。
表示方法はこれまた独特のものだが、慣れれば結構使い易い。

次に、クライスラー300Cは今回が初めてということもあり、ここでギア比を調べてみた。比較する相手は前編の諸元一覧と同じ内外の代表的3.5Lクラスセダンとしている。

  

結果を見ると、まず300CはZF社製の8ATを搭載しているということだが、ZFの8ATといえばBMWが思い浮かぶ。そこで、300Cと535iのギア比を比べてみると、何と全く同じ!要するにほとんど同じミッションなのだろう。何という徹底した共通化!これはZFだから出来るのかもしれない。すなわち「BMWさんと全く同じミッションで良ければ売ってあげますけど?」なんていうことだろうか。

そして、もう一つの特徴は300Cのファイナルギアが飛び抜けて高い(ハイギアード)ことで、300Cの高速道路での100q/h巡航は8速だと僅かに1,300rpmとなる。これがBMW535iだと1,750rpmまで回すことになり、300Cがいかにハイギヤードかが判るだろう。

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V6 3.6Lエンジンは286ps/6,350rpm 34.7kg-m/4,650と最近の3.6Lエンジンとしては控えめの性能となっている。

次に操舵性はといえば、最初に走り出した瞬間から何やらレスポンスの悪さとシャキッとしないフィーリングに気が付いていたが、まあハッキリ言って操舵感は良くない。タイヤは45扁平というスポーティーなサイズにも関わらず、こんなに緩慢なのが不思議なくらいだ。やがてちょっとしたブライドコーナーに差し掛かったので、チョッと速めにコーナーに進入してみたらば、ヤッパリかなり強いアンダーステアであり、しかも靴の底から足の裏を掻くようなインフォメーションの少なさも手伝って、このクルマはコーナーを楽しむどころが、ゼロになる前のクラウンのようだ、というのが実情だった。とはいえ、国産のフルサイズミニバンだってコンナものだから、特に危険なほどにトロいかといえば、まあそれ程でもないとも言えるが、少なくとも今時のFR高級セダンとしては、久々にコーナーリングレベルの低さを感じる事となった。それにしても、この特性は米国のクライスラーユーザーの嗜好を考慮しての確信犯なのか、それともダイムラーに縁を切られて自力の技術で対応したらば、頑張ってもこの程度なのかを知りたいところだ。 と、ここで前出の飛び抜けてハイギアードのファイナルギアにより、100q/h巡航は8速でわずか1,300rpmという特性を思い浮かべれば、300Cは高速道路をひたすら一定速度で巡航するのが目的であり、その面でもハンドリングなんて下手にクイックにしたらば、高速時の楽ちん運転が出来ないから、この特性は確信犯かもしれない。

ここまで読んだら、300Cのサスペンションの設定はフワフワだが乗り心地は良いと想像するだろう。ところが実は結構硬めでしっかりしていて、何やら欧州車のようだから話がややこしくなる。そういえばコーナーリング中にステアリングはヨレヨレだしアンダーステアは強いが、その割にクルマ自体は安定していたのを思い出した。なお、乗り心地が硬目なのは45扁平の20インチタイヤにも原因がありそうだ。

走るはマアマアで曲がるはちょいとお粗末。それでは止まるはといえば、流石に訴訟大国の米国製だけあって、何かあったら訴訟の嵐になりそうな止まる為の性能にはしっかりとしたものが付いている。そうはいってもブレンボの対向ピストンキャリパーとドリルドローターが付いている、という訳ではないが、フロントは片押しタイプとはいえ明らかに2ピストンと思える形をしている。しかもピストンハウジングはアルミ製のようだ。それで効きはどうかといえば、BMWのように軽すぎることもなく、さりとて踏んでも効かないこともなく、言ってみれば日本車と似たようなフィーリングだった。ようするに止まるもマアマアということで、こうなると曲がる性能をもう少し何とかすれば結構優等生的クルマになれすのだが。


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タイヤは300Cが245/45ZR20、300は235/55R18を装備する。
それにしても300CのZR20という高速用タイヤを標準とするのはなぜか?


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ブレーキキャリパーは片押しタイプだが、フロントは2ピストンでハウジングは色からして前後ともアルミのように見える。


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ブレーキマスター・シリンダーは右側にあり、右ハンドル化での手抜きが無いことが判る。

538万円という300C LUXURYの価格は国産の同クラスであるクラウン3.5アスリートG(543万円)やフーガ370GT Type S(526万円)と同等であり、しかも内装はフラウ製のレザーインテリアと本木目のウッドパネル、シートはベンチレーテッドシート、大型のサンルーフや高級オーディオ、更に衝突モニターなど、もうこれでもかという充実装備だから国産車までをも含んだ中でも、その買い得感は群を抜いている。

しかしその走り、とりわけ操舵&旋回性能はコンフォート方向に大きく振られているから、最近は随分とスポーティになってきたクラウンよりも更にマイルド(言い換えればトロい)特性であり、かなりのハイギアードに設定されているギアレシオとともに、このクルマがBMWやメルセデスのサルーンの比較対象では無い事は間違いない。従って、このサイトの読者の主流である欧州車、とりわけBMWファンからすれば購入検討には全く値しないクルマということになる。