Toyota FJ Cruiser (2011/1) 後編 |
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エンジンの始動は今時珍しい金属キーを挿入して捻るという古典的な方法による(写真21)。トヨタの4Lエンジンといえば、その昔のセルシオのように回っているのが判らないほどに静かなアイドリングを想像するかもしれないが、FJクルーザーのエンジンは4Lと
はいってもV8ではなく、またV6としては殆ど限界の排気量だから、アイドリング中のエンジンはある程度の自己主張をしている。コンソール上にあるATのセレクターはジグザクゲート式だが、そのパターンは前方からP→R→N→D4→3→L・2という、これまたチョッとレトロなものだ。
その左奥にあるもう1本のレバーは副変速機および4WD切り替え用で、パターンは左前方からH2、手前に引いてH4、左前方がNと更に前方がL4となる
(写真23)。このクルマはパートタイム方式の4WDだから、通常の舗装路面ではH2に入れて後輪のみを駆動する。要するに普段はFR方式で走行する
わけだ。H4は4WDで、前後のプロペラシャフトが直結となるから舗装路等のμ(摩擦係数)の高い路面で使用すると、旋回時に前後アクスルの速度差を吸収できないために超アンダーステア、要するに曲がれなくなるので使用できない。この方式の特徴は簡単な構造と確実な動作に加えて、フロント駆動系にダメージがあっても副変速機で切り放せるから、そん
な場合でも走行できることで、うっかり走行不能になったら猛獣に襲われたり、ゲリラや山賊が出没するようなシチュエーションではメリットがあるが、この日本の公道で使う限りは、ただのFRに近いと思った方がよさそうだ。
そしてL4だが、これは副変速機により全てのギア比が約2倍になるもので、4速でも2速程度のギア比で、1速ならば歩くよりも遅い微速での移動により
超極悪路から脱出したり、岩の欠片を乗り越えたりという場合に便利で、言ってみればL4があることこそ、本格的なオフロード車の条件でもある。そしてFJクルーザーにはリアアクスルデフロック
(写真22)も装備されている。これは後輪のどちらかが完全に浮いてしまった場合に、後軸のデフをロックして、浮いた側の車輪が空転したとしても、反対側の車輪に駆動力を伝えるための機構で、先ほどのL4とデフロックの組み合わせを上手く使うと、常識では考えられないような地形の不正地でも踏破できるが、それには、それなりのテクニックも必要となる。
以上、オフロード車独特の機構について説明したが、今回の試乗は都会の一般道だから、副変速機は当然ながらH2に入れたままでの走行となる。そして、メインのセレクターはDに入れてコンソール
後方のオーソドックスなレバー式パーキングブレーキをリリースして走り出す。
最初にアクセルペダルを軽く踏んだ瞬間から、行き成り強力なトルクを感じる。車重が2トン近いとは言え、4Lでトルク重視のエンジンを搭載しているだけあって、この重い車をグイッと発進させる。このトルク感は当然ながらレクサスRX350を上回っているし、ポルシェカイエンのベーモデル(V6 3.5L)も相手にならないどころか、
カイエンS(V8 4.8L)に迫る程とさえ感じる。この手のSUVというよりも、オフロード車とも言うべき分野では、メルセデスG55 AMGがダントツの加速だったが、このFJクルーザーもG55とは言わないまでも充分な加速感に気を良くする。
この大トルクエンジンと組み合わされる5速ATは、巡航中に少し右足を強く踏むと、迅速にキックダウンするセッティングのようで、これもトヨタ車としては珍しいマニアックな設定と感じる。
そんな、状況だから、前車が左折して前が空いた後の加速などは、チョッとアクセルを踏んでやれば多少のショックと共にシフトダウンが起こり、ゴーっという力強いエンジン音と共にグイグイと加速する。従って、チョッと本気で踏み込めば、あっという間にヤバイ速度に達してしまい、まるで高性能スポーツカーのようだ。
いや、実際には本当の高性能スポーツカー程の加速ではないのかもしれないが、高い着座位置でトラックのような(実際、ボンネットトラックそのものでもあるが)運転姿勢と、この加速がアンマッチなので余計に強烈に感じる。
最近の国産車は世界の標準に合わせたことから、チョッとしたコンパクトカーでも全幅が軒並み1,700mmを越えていて、輸入車などではDセグメントでさえ
1,800mm以上あったりする。
そんな世の中でも、FJクルーザーの1,905mmという全幅は慣れないと気を使うかもしれない。それでも、高い着座位置からの見晴らしの良さと、ボンネットが見渡せ、四角いボディとの相乗効果によ
り意外にも取り回しは容易だ。更にはボディ左先端部に付いたアンダーミラーは見かけだけの物が多い国産車の中では大きくて見すく、
更にサイドと共に前方も確認出来るので結構実用になから、並みの腕のドライバーならば大きな問題無く運転できるだろう(写真25)。このクルマを一家に一台のファミリーカーとして、週日は奥様のお買い物用に使うとしても、例えばアルファードやエルグランドを乗りこなして行動派の奥方なら、FJクルーザーに買い換えても、それ程には苦労しないのではないか。
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写真21
エンジンの始動は今時珍しい金属キーを挿入して捻るという古典的な方法による。 |
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写真22
リアデフロックやVDCオフのスイッチ類が並ぶ。未使用のスイッチが多いのは、特装車への対応だろうか。 |
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写真23
ATセレクターのパターンは前方からP→R→N→D4→3→L・2とい一時代前のもの。
左上にある、もう1本のレバーは4WDおよび副変速機用で、パターンは左前方からH2→H4、左前方がN、そのまた前方がL4となる。
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写真24
飾りの無いメーターも、白地に黒という文字が見やすく実用的でもある。 |
写真25-1
全幅1905mmというワイドなボディだが、高い着座位置と四角いボディは意外に取り回しが良い。
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写真25-2
左先端のアンダーミラーはサイドと直前が確認できる。 |
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FJクルーザーの操舵力は当然ながら重めであるが、中心付近の不感帯も殆ど感じないし、レスポンスもトヨタ車の標準からすれば驚く程良い。一般に一昔前のブームの頃の、この手のオフロード
車は、直進中にステアリングホイールの外周で15mmくらい動かしたとしても、車はビクともしないで直進する、というような特性が多かったが、最近は随分と進歩したものだ。
正直言って、このマニアックでトヨタらしくない操舵感は、嬉しい誤算だった。この理由を考えれば、ひとつは全幅1,905mmという、この巨大なボディにしては2.69mというノアよりも135mmも短いショートホイールベースが原因だろう。
今回は試乗コースにワインティング路といえるような道路状況は無かったが、いくらクイックとはいっても背の高いオフロードカーだから、安定しているといっても知れている
から本気でのコーナーリングなどは意味がない。だだし、普通に街中の流れについていって普通の道のカーブを通過する程度ならば、全く問題が無いほどにアンダーステアも特に感じることも無かった。
実は前述のように、このクルマは車幅の割にはホイールベースがかなり短い事と、通常は後輪のみを駆動するFR方式で、更には強大なトルクのエンジンということになるから、広大な平原で回りに誰もいないような公道外で、思いっきり振
回してみたらば、さぞかし楽しいような気がする。
まあ、そういう意味では街中の走行は単なる移動手段と思うべきで、その割にはまともどころか、他のトヨタ車、たとえば中途半端に背が高いヴァンガードや
マークXジオなんかよりも、余程操舵特性は上だった。
FJクルーザーの乗り心地は基本的には硬いが、2トン近い車両重量のお陰もあり細かい突き上げも殆ど感じなく、言ってみれば重厚という言葉が当てはまる。もしもオフロードパッケージを選択すればビルシュタイン製の
モノチューブダンパーが標準装備されるので、乗り心地と安定性は更に向上する可能性もある。まあ、標準のダンパーでも十分な仕事をしているようだが。
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写真26
V6 3,955cc 276ps/5,600
rpm、38.8kg・m/4,400rpmを発生するFJクルーザーの1GR−FEエンジン。
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ちょっと踏んだだけで、ガツンっと効く最近の乗用車の標準からすれば、FJクルーザーのブレーキは少し重いと感じるだろう。しかし、決して効かないのではなく、ちゃあんと踏めば効き自体は悪くない。20年前のブームで売れ筋だった大型4WD、ランクル80やサファリなどのブレーキの踏力は異常に重く、恐ろしくなるほどに効かなかったから、それからすれば大いなる進歩だ。そうは言っても、やはりこのクルマは男のクルマと言う事になる。
あれっ、さっきはファミリーカーとして週日は奥さんが足に使う事も出来る、なんて言っていたじゃあないか?と、鋭いところを突かれそうだが、ブレーキ操作だって力よりも技だから、多少非力な女性でもテクニックで充分
にカバーできる範囲だと思う。勿論、ヴィッツに乗っても側面を擦ってくるタイプの奥方の場合は、週日のFJクルーザー使用は難しいが・・・・。
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写真27-1
標準装備は265/70R17タイヤとスチールホイールの組み合わせとなる。
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写真27-2
オプションの17インチアルミホイールの場合はタイヤサイズは標準のスチールホイールと同一。
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写真27-3
オフロードパッケージ以外のモデルにオプション設定されている245/60R20タイヤと20×7Jアルミホイール。 |
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写真28
フロントは4ポット対向ピストンキャリパーだが、アルミではなく鋳物製。リアは鋳物のフローティングキャリパーとなる。
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本来のオフロード車は2ドアのショートホイールベースが基本であったが、最近のSVUブームで殆ど絶滅寸前となっている。例えばメルセデスGクラスは現在4ドアのロングホイールベース版のみが輸入されていて、従来あった2ドアはラインナップされていない。Gクラスと共に欧州のオフロード車の雄であるランドローバーのディフェンダーも日本に輸入されているのは、”110”という名のとおりにホイールベース110インチの4ドアロングのみだ。となると米国クライスラーのジープラングラーが唯一の2ドアとなるのだろうか。
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写真29
ランドローバー ディフェンダー 110 |
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写真30
ジープ ラングラー |
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因みに米国市場を調べてみたらばGクラスは4ドアロングのみで、ディフェンダーに至ってはショートは元よりロングも販売されていない。このような状況で、ロングボディーではないが、ショートボディの使い辛さ
を低減した観音開きのドアを持つFJクルーザーが米国でどの程度売れているのかが気になる。
そこで、2010年の1〜11月までの米国での販売台数を調べてみると
トヨタ FJクルーザー 13,662台
トヨタ ランドクルーザー 1,594台
レクサス LX 3,437台 (ランクル200相当)
ポルシェ カイエン 7,234台
メルセデス Gクラス 835台
BMW X5 31,837台
クライスラー ジープラングラー 86,083台
こうしてみると、ジープラングラーの圧倒的な強さと共に、BMW X5の意外な健闘ぶりが判る。そして、FJクルーザーはといえば、レクサスLXと合計したランクルでも約5千台だから、ランクルの3倍近く売れていることになる。
最近はチョッとしたクルマでも300万円の大台に迫ることが多いが、そんな中でFJクルーザーの内容を考えれば、これが300万円代前半で買えるのは買い得感満点だし、性能的にも大いなる掘り出し物といえるだろう。トヨタは昔からオフロードの世界では
国際的に評価されていたことからも判るように、この道では実に真面目なクルマ造りをしてきたから、今回のFJクルザーが良心的な製品なのも当然なのだが、世間一般のトヨタのイメージからすれば驚く程に前向きな製品だ。
と、まあ、結果はベタ褒め状態になってしまったが、興味のある読者は一度試乗してみては如何だろうか。
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