Volkswagen Scirocco TSI (2010/1)


ゴルフの兄弟とは思えないほど低くてスポーティだ。
Cセグメントのクーペは国産車では絶滅種なのが残念だ。
 

2009年5月に国内発売されたVWシロッコは、ゴルフをベースとした2ドアクーペで、この手の国産車が絶滅してしまった今となってはCセグメントの2ドアクーペという分野は殆どライバル不在でもある。シロッコのボディはリアにハッチを持つ3ドアハッチバックだが、実車を見ると実にクーペらしく、3ドアハッチバックという言葉から連想する実用車っぽさは微塵も無い。その最大の理由はボディ後端に向かって大きく絞った上半身(ウエストラインから上)が逆に下半身(ウエストラインから下)の幅広さを強調していて、真後ろから見るとまるでポルシェ911のようにさえ見える。

日本で発売されているシロッコには、今回の試乗車である1.4ℓツインチャージャー(160ps、24.5kg-m)のTSI(392万円)がベースグレードで、その上には2.0ℓターボ(200ps、28.6kg-m)を搭載した2.0TSI(457万円)、そして最近追加された高性能版で同じ2.0ℓターボながらハイチューン(256ps、33.7kg-m)のシロッコR(515万円)の3グレード構成となっている。


写真1
この位置から見ると単なる3ドアハッチバックにも見えるが・・・・・。

 


写真2
サイドから見れば、高くて後方に向かってキックアップしたウエストラインと低いルーフの組み合わせが判る。

 


写真3
真後ろから見れば、大きく絞り込まれた上半身がポルシェ911的で実にスポーティーに見える。

 


写真4
トランクは狭いし開口部の位置が高くて使い辛そうだが、このクルマに実用性を求めてはいけない。

 

1.4TSIのシート調整は前後、上下とバックレストの角度共に手動式となる。シートに座ってみると、外観から想像するほどには着座位置は低くない。 そこでシートの右側面にあるレバーで座面を下げてみるが、大して下がらないでストップしたし、それでも頭上空間は狭いのは、要するにルーフが低いことが原因だ。シートは基本的にゴルフGTIと同等で座面の形状が多少異なるが、サイドの張り出しなども殆ど同形状のスポーツシートとなっている。 したがって、座り心地もすこぶる良く、しかもブラック一色の色使いはGTIの赤のチェック柄のように好みが分かれるような事も無い。そしてGTIでは標準シートが全てファブリックなことに対して、シロッコは1.4TSIの標準では座面とバックレストの平面部分がファブリックで、 張り出し部分はアルカンターラ、そしてサイドはフェイクレザーで両者の継ぎ目にはダブルのステッチという構成で、これは中々見栄えが良いしホールドも良い。シートを合わせた後にステアリングの底面のロックを外して、上下と前後を手動で合わせる。

室内の質感は 最近のVW流だから中々高級感があるが、言い換えればBMW的なものは無く、あくまでもVW的な高級感だし、同一グループのプレミアムブランドであるアウディには及ばないのは政略的な住み分けとしても当然 でもある。なお、シロッコは全グレードにナビが標準装備されている から、ゴルフ等との価格比較では注意が必要だが、「俺はナビなんて必要ない」というベテランには確かに余計な出費となる。
 


写真5
リアスペースは2+2と割り切ることが必要となる。

 


写真6
シロッコとしてはベースグレードのTSIでも立派なスポーツシートが標準装着されているのはゴルフとのコンセプトの違いだろう。

 


写真7
標準シートの表皮は座面がファブリックでサイドが合成皮革を使用している。見てのとおりで見かけも上々。

 


写真8
内装もゴルフよりは高級とはいえ、そこはVW的だ。高級感を求めるならばアウディを、と言うことのようだ。

 

写真9
基本的にはVWのクルマに共通の雰囲気がある。以前に比べれば各段に質感の増したVWだが、これが好きか嫌いかはユーザー次第でもある。


写真10
シボの模様は決して本物のレザーと見紛うレベルではない。ライトスイッチやパネルの樹脂はマアマアだが、決して高級感がある訳ではない。
とは言え、1500万円の ポルシェのライトスイッチもコンなモノだが・・・・・。

 

写真11
ナビは標準で装備される。エアコンの操作部はゴルフと全くデザインが異なる。

エンジンの始動はキーをステアリングコラムの右側面のキーホールに挿して右に捻るというオーソドックスな方法をとる。アイドリングはエンジンが回っている事が判る程度の僅かな振動と音はあるが全く気にならないし、異様に静かな違和感がある一部の国産高級車よりは余程マトモだ。 ATセレクターは他のVWと共通のパターンだし、Dの手前のSレンジを除けば世界中にあるクルマの代表的なパターンだから、初めて乗っても違和感はない。唯一VW独特のSレンジはセレクターの解除ボタンを押さないと入らない。 BMWのようにロックなしで簡単にSに入る方が使い易いが、まあこれはポリシーの問題なのと、実際にSレンジを使うユーザーがどの程度いるかと考えれば、大きな問題はないのかもしれない。

センターコンソール後方にあるオーソドックスなレバー式のパーキングブレーキを解除してブレーキペダルから足を離すと僅かなクリープでユックリと前進し、踏み込めばスムースに加速するのはDCTタイプとは思えないほど自然で、流石は長い歴史があると感じるところだ。 表通りに出て加速してみると、低速からのトルク感は抜群で、想像していたより遥かに力強い加速でグングンと速度を上げてゆく。この時の加速感はBMWでいえば320iより確実に速く325iと同等というところで、同じVWのゴルフGTIには劣るが、充分満足できる動力性能を持っている。

Dレンジでは前のクルマに追いついて流れに乗った状態になると回転が下がって1,500rpm程度で巡航する。従って、遅い前車が退いたので加速をしたい場合にはアクセルを踏んでも直ぐには反応しない。 こんな時の為にステアリングホイールの裏にあるバドルスイッチで左側(−)を引けばマニュアルモードになり、シフトダウンが行われるが、そういう操作が自然と 出来るようになるには”修行”が必要となり、ちょい乗りの試乗程度ではそこまで気が回らないのが普通だ。 Dレンジでトロい理由は最近シビアになった環境問題であることは当然で、これはVWに限らず世界中の車の傾向となっている。
そこで今度はSレンジを試してみる。早速加速してみるとハーフスロットル程度でも回転計の指針はドンドンと上がってゆき、レッドゾーンの直前の6,000rpmまで引っ張ってからシフト アップした。この時のエンジンは非常にスムースで6,000rpmでも全くストレスはない。 ルノートゥインゴGTも同様だったが、最近の欧州製小排気量ターボエンジンの高回転でのスムースさは驚きだ。さらにSレンジではアクセルを緩めても直ぐにはシフトアップせずに高回転を維持する から、コーナーリングの途中で行き成りシフトアップされて慌てることもない。更に加速時も低めのギアを選んでいるにも関わらず右足を強く踏めば更にシフトダウンが起こり、 回転計は5,000以上を示すまでに上昇する。しかし、このSレンジは街中で使うには過激すぎるから普通のユーザーは使わないだろう。そうなると、DとSの中間が欲しいところ で、現行DレンジがエコモードでDはSとの中間なら嬉しいのだが。

今度はセレクター(写真13)をDから左に押して(倒して)Mモードにする。この時メーターパネル中央上のディスプレイは”P D N D S”というATポジション表示から”7 6 5 4 3 2 1”というギア位置の表示に切り替わる(写真12)。変速操作はATセレクターとともにステアリングホイール裏に仕込まれたパドルスイッチも使用でき、この操作は右側がアップ、左側がダウンという世界的に標準となっている方式だから、他社製で パドルシフトに慣れたドライバーなら極自然に受け入れられる。マニュアルモードでのレスポンスも流石にトルコンATとは一線を画するから、とくにクラッチ操作やブリッピングを楽しみたい物好き以外には 、今やMTは不要な程に充分な性能なのはベース車のゴルフと同様だ。それにしてもDCTタイプのミッションに対しては国産部品メーカーは大いに遅れをとってしまった。(というより、未だ量産品を持たない)
 


写真12
メーターの配置もゴルフとは全く異なる(写真12−A)。
中央上のディスプレイはマニュアル時(写真左下)とAT時(写真右下)では表示が変わる。

 

写真13
VWおよびAUDIに共通のDの手前にSがあるセレクターパターン。


写真12A
ゴルフGTIのメーター。小径メーターがシロッコとは異なる配置だが、速度&回転計自体は目盛も全く同一だから同じ物を流用しているようだ。

 

写真13A
こちらはゴルフGTIのセレクターでブーツのステッチが赤い以外は全く同一。


写真14
低いエクステリアの割には着座位置はそれ程低くはないので、前方視界は悪くない。その代わりとして頭上空間はミニマムだが。

 


写真15
VWに共通のパドルスイッチの見かけは相変わらず安っぽく、フィーリングも高級感とはほど遠いが、実用上の問題は無い。

 

コーナーリング性能を一言でいえば、シロッコは確実にゴルフよりも勝っている。低いボディからくる重心の低さは伊達じゃあない。しかもゴルフGTIが2ℓターボエンジンを載せているのに対して、こちらはツインチャージャーとはいえ排気量は1.4ℓだから、フロントは当然ゴルフGTIより軽 く、操舵特性はより軽快でレスポンスも勝っている。 まあ、その分だけGTIは動力性能も勝っているが、前述のようにシロッコTSIだって1.4ℓという排気量が信じられないくらいに十分な動力性能を持っている。このように大きなエンジンを積んだ上級モデルよりも小さく軽いエンジンのベースモデルの方が軽快なハンドリングを示す例は度々耳にするし、代表例ではBMWの3シリーズの4気筒、現行320iや先代318iが正にこれだ。
ちょっと前までのVWは、硬いだけでなく不快感も伴う硬さの場合があったが、ゴルフも現行のYになってから大いに改善されている。そしてシロッコ の乗り心地はといえば当然硬いし、硬さのみで比べれば現行のゴルフGTIよりも更に硬いくらいだが、いかにも高剛性を感じさせるシッカリしたボディはゴルフを上回る剛性感とともに、不快感は全く感じなかった。
ブレーキはVWに共通のオーソドックスな片押しキャリバーで、フロントは鋳鉄製、リアはシリンダーハウジングのみアルミという何の変哲も無いタイプが付いている。実際のフィーリングも十分に軽い踏力でよく効くが、BMWのようにつま先でチョッと触れただけで効くほどには軽くない 。ただし、これは慣れの問題で解決できる範囲だ。

ところで、写真18の左側のブレーキキャリパーの色を見るとシルバーのメッキがかかっている。これは国産車でも同様で、この数年でキャリパーの色が以前の濃い緑色からシルバーに変わっている。 実は以前の濃緑は六価クロームを使っていたのだが、環境問題から最近のメッキは三価クロームを使っていて、これがシルバーになった原因だ。 実は、このタイプは耐腐食性では六価クロームに劣るのだが、それは我慢するしかない。 同様に欧州車は早くから環境物質の含有に対して厳しかったために、5年くらいで外装のメッキモールが白くなったり、プラスチック部品がポロっと折れたりという現象が発生する のは欧州車ユーザーなら経験済だろう。
 

写真16
直4、1.4ℓターボ+スーパーチャージャーのエンジンは160s/5,000rpmの最高出力と24.5kg・m/1,500〜4,500rpmの最大トルクを発生する。
NAならば2.4ℓ並のトルクだから、日本の交通事情では十分な加速性能を見せてくれる。
 


写真17
TSIの標準タイヤは235/45R17。

 


写真18
ブレーキキャリパーは一般的なシングルピストンの片押しタイプ。フロント(写真左)は鋳鉄製で、リアはシリンダーハウジングのみアルミ製。

 

シロッコのようなハッチバックのクーペというジャンルは、いざライバルを探そうとすると意外に見つからないものだ。強いて言えばボルボのC30がこの分野になるだろうか。ただし、実車を 見るとC30はシロッコに比べて華奢というか、ワンランク下がる雰囲気がある。今更言うまでも無くC30はマツダアクセラ(それも旧型)ベースだし、2ℓエンジンもマツダ製とい うことで、価格的に見てもシロッコより安いのは当然でもある。
それでは国産車にライバルはいるかと言えば、3ドアハッチのクーぺ自体が国産には存在しないのでライバル不在なのだが、取りあえず5ドアのハッチバックであるスバルインプレッサを比較してみた。 選んだモデルが2.0ℓターボで、これはインプレッサの中でも別格のSTIを除けば、インプレッサの最上級モデルだったので 、スペック的にはゴルフGTIをも上回るダントツの高性能車でありながら、価格は264.6万円 と流石に国産の強みで安い。ところが、実際に乗ってみた経験では、体感的な動力性能としてはゴルフGTIの方勝っていたのはどういう訳だろう。考えてみれば、ゴルフ GTIは最新流行のDCTタイプの6速ミッションを搭載している。このタイプのミッションを使うと加速性能は3ペダルの6MTをも上回るのに対して、インプレッサは今時あっと驚く4AT。まあ、この辺は好みの問題もあるし、スバリストからは6MTを買えばゴルフより速い(筈だ)というクレームか付きそうだから、この辺で止めておこう。それに、VWとスバルを比較検討するユーザーというのも少ないだろう。
何をおっしゃるウサギBオタさん。スバルから欧州プレミアムブランドに乗り換えるユーザーって、結構いるではないか!と怒られそうだが、そういう場合はレガシィの上級モデルからBMWやMBという例が殆どだから、インプから・・・・・、あっ、いや、止めておこう。
 
    Volkswagen Volkswagen Volvo Subaru
      Scirocco
TSI
Golf GTI C30 2.0e Active Impreza 2.0GT
 

車両型式

  13CAV 1KCCZ MB4204S GH6

寸法重量乗車定員

全長(m)

4.255 4.210 4.265 4.415

全幅(m)

1.810 1.790 1.780 1.740

全高(m)

1.420 1.460 1.430 1,475

ホイールベース(m)

2.575 2.640 2.620

駆動方式

FF 4WD
 

最小回転半径(m)

  5.1 5.0 5.3 5.3

車両重量(kg)

  1,340 1,400 1,380 1,410

乗車定員(

  4 5 4 5

エンジン・トランスミッション

エンジン型式

  CAV CCZ B4204S EJ20

エンジン種類

  I4 DOHC Turbo+SC I4 DOHC Turbo I4 DOHC I4 DOHC

総排気量(cm3)

1,389 1,984 1,998 1.994
 

最高出力(ps/rpm)

160/5,800 211/6,200 145/6,000 250/6,000

最大トルク(kg・m/rpm)

24.5/4,500 28.6/5,200 18.9/4,500 34.0/2,400

トランスミッション

  5AT 6AT 6AT 4AT
 

燃料消費率(km/L)
(10/15モード走行)

  15.8 13.0 11.6 13.0
 

パワーウェイトレシオ(kg/ps)

8.4 6.6 9.5 5.6

サスペンション・タイヤ

サスペンション方式

ストラット

4リンク マルチリンク ダブルウィシュボーン

タイヤ寸法

  235/45R17 225/45R17 225/50R17 205/50R17

ブレーキ方式

前/後

Vディスク/ディスク

価格

車両価格

392.0万円 366.0万円 295.0万円 264.6万円

備考

NAVI標準装備      

シロッコTSIのエンジンはゴルフTSI ハイライン(312万円)と同等だから、その面ではシロッコはゴルフよりも80万円高いことになる。しかし、シロッコはナビが標準装備だから、その分を30万円と仮定すれば、その差は50万円。もしもゴルフGTI(366万円)に純正ナビなどのオプションを付けて購入する予算があるとしたら、車両価格は390万円以上ということで、シロッコTSI(392万円)と同等となる。

勿論、動力性能はGTIが勝るのは言うまでも無いが、 シロッコTSIだって決して遅くはないから、どうしてもGTI並みの高性能を必要としないのだったらば、このシロッコTSIは充分に買う価値があると思う。
ただし、シロッコの場合は2+2だから大人4人の乗車は厳しいというデメリットもある。 実際、使用状況によっては、このデメリットは大きい。 子供がいない夫婦や、既に大学生や社会人に育っているので一緒に行動することが無いか、若しくはセカンドカー用途という条件でないと買えないことになる。それでも小学生の低学年だったらば一家に一台のファミリーカーとしてもリアの狭いスペースでも問題ないが、若しも子供がサッカーや野球など の少年スポーツクラブに入っていると話は複雑になってくる。 これらのクラブでは試合の遠征にいわゆる「車出し当番」という仕来たりがあるらしく、7〜8人乗りミニバンが無いと子供の肩身が狭いとか の話も聞く。本当はバス会社から観光バスでも手配すれば安心なのだろうが、度々では経費が掛かりすぎるし、そんな予算も無い。結局子供(と奥さん)が恥をかかないためにも、車好きのお父さんは泣く泣くミニバンを買うことになる。

小学生くらいの子供の親は、未だ現実を知らないから結構期待してたりする。考えてみれば自分達のDNAを引き継いでいるのだから、そのレベル以上は無理なのだが・・・・・。 これが中学に入ると、行き成り5段階(小学校は3段階)の成績表と業者テストによる例の「偏差値」の洗礼を受けることになる。とりわけ偏差値は現実の厳しさを思い知らされる事になるから、ある面では小学校までが幸せという訳だ。 それじゃあ子供が中学生になったらばミニバンを卒業してシロッコに買い換えようかと思ったら、中学生の体格ではリアシートに乗れなかったりして、結局シロッコは買えないことになる。
う〜ん、残念!