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2020/1/24 (Fri) 鉄道博物館 <3>
今回は当時ブルートレインと呼ばれていたは寝台特急を取り上げる。展示車両は1958年から製造された20系客車で、最初に寝台特急「あさかぜ」に投入された事から「あさかぜ形客車」とも呼ばれている。前回取り上げた特急車両は電車であったが、こちらは機関車に牽引される客車である。
寝台特急といえば70年代の長距離出張、取り分け当時は未だ新幹線の無かった東北や北陸方面の出張には、前日の業務が終了後に深夜上野駅発の寝台特急に乗車し、翌朝到着して午前中に仕事を済ませ午後に特急で夜に上野駅着、翌日は普通に出社というのが普通だった。まあ今思えば飛んでもない勤務だったが、当時の日本のビジネスマンはそれが普通であり、この頑張りによって今の日本があるのだから、年金生活者を邪魔ものにしたら罰が当たるぞお~っ。
それで本題に戻って、展示車 (ナハネフ22) は最後尾の車両で、非貫通式で車掌室と展望室が設置されている。
ドアは日本の鉄道としては珍しいバスのような中折れ式で、客室のフロアは一段高くなっていた。
車内は狭い通路が片方の窓際にある。夜間は殆ど人の出入りが無いから、この狭い通路で十分だった。
B寝台は3段式で、その寝心地は極めて悪かった! 寝台は長さ・幅共に狭く、列車のシートを基準にしたマットは硬いし、また最上段は揺れが激しく、電車と異なり機関車に牽引される客車は加減速時に連結部の衝撃が酷いし、まあマトモに寝られる代物ではなかった。
ブルートレインは客車だから当然ながらこれを牽引する機関車が必要で、さてそれに該当する展示車両はというと EF58 が展示されていた。EF58 は1952年から1958年まで製造されていた高速用機関車で、実は年代的にはあさかぜ形客車が製造された年は EF58 の製造は終了している事から、 70年代にはブルートレインといえば EF61 の方がなじみが多かった。
機関車と言えばやはり一番人気は蒸気機関車だ。先ずは C57 (1937~1947年) の展示車両。
そして下の写真は C51 で、運転室が広報から見えるようになっている。
C51 の運転室内は何ともメカメカしいし時代の違いを感じさせる。因みに C51 は1919年に開発されたもので、写真の5号車は 1920年 (大正9年) 製造だから車齢は‥‥おっと、ジャスト100年だ! そう考えると 100年前にこれを作ったのも凄いものだ。
さて次回は最終回として新幹線を取り上げる。
つづく
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2020/1/21 (Tue)
2019年 国産乗用車販売速報<3>
今回は軽自動車と普通車を総合した順位としてまとめる。 昨年と比べてもトップ4が軽自動車である事に変わりは無いが、その4車種共に昨年より販売台数は伸びている為に、プリウスやノートとの差は更に広がっている。 軽自動車は日本独特のガラパゴス車であり、グローバルなAセグメントに移行すべきという意見はあるが、これだけ軽が蔓延っては如何にもならないだろう。それにグローバル的にはAセグメントは殆ど消滅寸前であり、軽をAセグメントに移行させても果たして売れるかどうか? それ以上にガソリンエンジン車は近い将来無くなる運命という事は十分に考えられる。となると、軽はそれまで今のままで存続するのだろう。